アルツハイマー病を発症前に見つける──。これは、私が院長を務める「アルツクリニック東京」で力を入れていることのひとつです。
アルツハイマー病とは認知症の一種で、認知症の原因の7割を占める病気です。現時点では、臨床現場で使える「アルツハイマー病を治す薬」はないため、「早く見つけても意味がないじゃないか」という意見もあります。
これに関して、私としては早期発見を推奨したい理由がたくさんあるのですが、それはまた別の回でじっくりと。連載第1回の本欄では、「発症前に見つける」についてお話ししたいと思います。
アルツハイマー病を発症前に見つける方法として、読者の皆さんが頭に浮かべるのが、「脳ドック」ではないでしょうか?
人間ドックのオプションなどで広く行われている脳ドックは、MRIを使って脳を調べます。MRIは自覚症状のない脳梗塞、くも膜下出血の原因となる動脈瘤、脳腫瘍、血管性認知症を見つけるのに適しています。ちなみに血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などの脳の血管の病気の結果、認知機能が段階的に低下していく病気です。
このMRI、アルツハイマー病をいつ見つけられるかというと、発症前後になるので、早期発見に役立つとは言えません。
MRIは、脳の形態を見る検査で、脳の萎縮がある程度進んでからでないと異常が見つけられません。アルツハイマー病は脳の萎縮が見られる病気ですが、それは認知症を発症する2~3年前になってから。早期発見とはなりません。
そこで私のクリニックで行っている検査が「アミロイドPET検査」です。PETは脳の機能などを画像化する最新の技法で、「アミロイドPET検査」では、脳の中にあるタンパク質アミロイドβの沈着を調べます。
アミロイドβはもともと脳にあるタンパク質。これが、まだ解明されていない何らかの理由で神経細胞の内外にたまり、神経細胞を死滅させ、脳が萎縮しアルツハイマー病を発症することが明らかになっています。
このアミロイドβは20年以上という長い年月をかけて蓄積し、脳を変性させます。アルツハイマー病が疑われる症状が出てくるよりはるか前から、脳は、アミロイドβの影響を受けているのです。「アミロイドβがたまり始めている。でも神経細胞はまだ健在」という時期、つまりはアルツハイマー病を発症する前にアミロイドPET検査を受け、その状態に応じて対策を講じれば、アルツハイマー病の発症をできるだけ回避し、発症の時期を遅くできることが可能なのです。
■若年性アルツハイマー病と診断された50代の男性を検査すると…
アミロイドPET検査は、アミロイドβに取り込まれる性質を持つ放射性製剤を体内に投与し、MRIなどには映らないアミロイドβの沈着の度合いを画像で確認します。こんなケースがありました。
51歳の大学教授は物忘れがあり、認知症専門病院でMRIなどの検査を受けたところ、脳に軽い萎縮が見られ、「若年性アルツハイマー病」と診断されました。
私は若年性アルツハイマー病を専門としており、大学教授はセカンドオピニオンを求めてアルツクリニックを受診。アミロイドPET検査をしたところ、アミロイドβはたまっておらず、アルツハイマー病の特徴が見つかりませんでした。臨床症状のチェックや血液検査などさまざまな検査の結果、大学教授の物忘れは、日々の飲酒によるものだとわかったのです。
その大学教授は、即座にアルコールを控え生活習慣を改善。物忘れはなくなり、仕事に元気に復帰できました。
飲酒はアルツハイマー病の発症リスクを高めます。この段階でアミロイドPET検査は正常としても、今後も飲酒生活を変わらず続けていたら、将来的にはアルツハイマー病などの認知症を発症していた可能性は大いにあります。アミロイドPET検査がきっかけで、認知症発症リスクが低い道へ大きく舵取りできたとも言えます。
認知症には、発症を回避し、遅らせる策がたくさんある。発症しても進行を遅らせる策もある。この連載では、認知症対策に役立つエビデンスのある方法を具体的に届けたいと思います。