上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

課題はあってもロボット手術はさらに応用される可能性がある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回に続き「手術支援ロボット」についてお話しします。1999年に発売された米国メーカーの「ダヴィンチ」は、2億~3億円の販売価格に加え、年間の維持費が1000万~2000万円かかること。また、ロボットアームだからこそ可能になる複雑で細かい手技が本当に必要になるケースは、心臓血管外科においてはそれほど多くはないことなどを考慮すると、ロボット手術の普及がさらに進むためには課題が残っています。

 本当に患者さんの負担が小さい低侵襲な手術なのかどうかについても、まだ確かではありません。ロボット手術は、大きく切開する一般的な手術に比べると小さな穴を開けるだけなので、出血が少なく術後の回復も早いとされています。また、通常の手術視野では視野が確保しにくかったり、鉗子の操作に制限が加わるような手術、具体的には前立腺を含む骨盤内手術や開胸による肺手術のような手術で、メリットが大きいといえるでしょう。

 ただ、それ以外では従来の手術に比べて時間がかかる傾向があるといえます。切開手術に比べると視野が狭く、手術の種類によっては手技も制限されることから、不測の事態を招かないようにするために丁寧に時間をかけて手術が進められるからです。

 手術は、時間が短ければ短いほど患者さんの負担が小さくなります。私はロボット手術には着手していませんが、内視鏡を使って処置する「MICS(ミックス)」と呼ばれる小切開手術は行っていますし、4~5センチ程度の切開であれば、自分の目と、見にくい部分のみ内視鏡補助を行うだけで問題なく処置することも可能です。その分、手術時間も短く済ませることができるので、トータルで考えると患者さんの負担は小さいといえるでしょう。

 前回も少し触れましたが、それでもいまは「ロボット手術を実施している」と掲げる医療機関には患者さんが集まりやすい傾向があります。患者さんが増えれば「あなたの場合は癒着がひどいからロボット手術はできませんが、他の方法でも安全に手術できますよ」といったような流れで新たな患者さんを獲得することができます。そういう意味でも、手術支援ロボットを導入する施設は増えていくでしょう。

■決まった数値に対応する治療とは好相性

 また、心臓治療でロボットを利用する範囲が広がっていくケースも考えられます。現在、心臓血管外科の領域のロボット手術は「僧帽弁閉鎖不全症に対する胸腔鏡下弁形成術」が保険の対象になっていますが、ほかの治療でもロボットが活用され始めているのです。

 たとえば、狭心症などに対する「冠動脈カテーテル」をロボットが自動化して行っている施設があります。狭くなっている血管の中に細い管を入れてバルーンを膨らませ、血管の内側から押し広げる治療法です。また、大動脈瘤に対する「ステントグラフト内挿術」もそのひとつです。動脈瘤がある部分に、内部にバネを組み込んだ人工血管を留置して破裂を防ぐ治療法になります。

 これらの治療は、さまざまな画像診断の結果によって、血管内のどの位置にどれくらいの直径のものを入れて、どの程度の圧力で膨らませればいいのかといった“答え”がある程度決まっています。患者さんが動きさえしなければ、それらの数値を設定するだけでロボットが人間以上に正確な処置を遂行してくれるのです。今後、診断画像データに合わせてミリ単位で動かしながら処置できるようなロボットが登場すれば、人間ではなくロボットによる治療にシフトする可能性があります。

 さらに、大動脈弁狭窄症に対しカテーテルを使って人工弁に交換する「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)についても、ロボットが応用されるようになるかもしれません。人間の処置では生じる“ずれ”を、ロボットの手技によって極力最小限に抑えることができれば、トラブルの予防につながります。

 心臓血管外科の領域では、今後も鏡視下手術や血管内治療がますます増えていくのは間違いありません。治療の件数が増えてくれば、その治療にロボットを利用できないだろうかという思考が働きます。ですから、新たな装置の開発とともにロボットによる治療も増えていくと予想されます。

 ただし、医療の“一丁目一番地”である医療安全、患者さんを守るという原則から考えると、疑問が残るのも事実です。

 物事には、何かを得れば別の何かを失う「トレードオフ」となる部分が必ず存在します。ロボット手術のトレードオフはどこにあるのか、それがまだ明らかに見えてはいないのが現状です。

 そんな中、ロボット手術による死亡事故が起こったことが報じられました。次回、医療安全の観点も含めたロボット手術について続けてお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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