独白 愉快な“病人”たち

黒目があさっての方向に…癒シンガーKeikoさん多発性硬化症を語る

癒シンガーKeikoさん(本人提供)
癒シンガーKeikoさん(歌手)=多発性硬化症

 2012年のある朝、ベッドから起きたらなぜか真っすぐ歩けませんでした。それでも外出して、なんとか用事を済ませた帰り道、再び歩き出すとどうしても左へ左へと寄っていくではありませんか。言ってみれば、酔っぱらいのお父さんが寿司折りをぶら下げて、千鳥足で家に帰ってくるときのような感じです(笑)。このときから、「多発性硬化症」という病名が確定するまで2年以上かかりました。

 真っすぐ歩けなくなった日に話を戻します。時刻は夕方。このままでは家に帰れないと思った私は、携帯電話で最寄りの救急病院を調べて、電話で症状を訴えてからそこへ向かいました。

 病院に到着したときはフラフラのピークで、たまらず嘔吐。世界中がグルグル回っている状態でした。すぐに車イスに乗せられて診察室に連れていかれました。そのまま入院し、脳のMRIと三半規管の検査で耳鼻科の診察を受けました。でも、結果は特に異常なし。1週間安静にして退院になりました。

 ところが、退院した日に家でお風呂に入ると摩訶不思議、右半身が冷たいのです。湯船につかっているのに体の半分がお湯の温度を感じていませんでした。

 退院早々、また病院です。今度は自宅近くの総合病院に行き、全身のMRI検査をした結果、脳でも耳でもなく脊髄に病巣があることがわかりました。このとき、対症治療はしてくれていたのですが、多発性硬化症とはわからず確定には至りませんでした。

 治療はステロイドパルス療法でした。免疫や炎症を抑えるステロイドを3日間かけて大量に点滴する治療法です。

 2週間ほどで一度退院して様子を見て、再度入院して2度目のステロイドパルス療法を受けました。それによって大部分の感覚が徐々に戻ってきたのですが、一番ショックだったのは排尿・排便の感覚も右半分が麻痺していると知ったことです。他の部分の感覚が戻っていくにつれ、その部分の麻痺がクローズアップされて非常につらかった。一生治らないのではないかと思って不安になりました。

 結果的には、半年ぐらい続いてからいつの間にか治っていましたが、右脚の感覚異常だけがいまだに治らないまま。触られた感じが左右で全然違うんです。ジンジンとかピリピリという感覚も襲ってきます。複数の病院に行って処方された薬を飲んだりしましたが、効果はありませんでした。

 そして2014年、ついに決定的な症状が出ちゃったんです(笑)。なんとなく調子が悪かった日、深夜にトイレに起き、手を洗いながらふと鏡を見たら、両方の黒目があさっての方向へ向いていたのです。ビックリして、生まれて初めて救急車を呼びました。

 2年前に受診した病院に運ばれ、今度は脳に病巣があることがわかりました。いよいよ多発性硬化症の疑いが本格化し、そこからは検査に次ぐ検査でした。他の病気の可能性をひとつひとつ潰していき、やっと難病指定されたのです。

 とはいえ、治療法はやはりステロイドパルス療法のみ。目がまともに見えないうえ、脳に病巣があると聞かされて、同じ体で明日を迎えられないんじゃないかと思って涙が止まりませんでした。

 でも、徐々に目の焦点が合うようになると元気が出て、17日間で無事に退院できました。ただ、脳の病巣の影響で記憶障害が起こってしまいました。そこに置いたものが覚えていられない状態でした。それに加え、多発性硬化症の症状で疲れてしまうと、記憶力、集中力、処理能力が著しく低下してしまうため、現状、スケジュール管理はアップルウオッチをスマホと連動させるほか、手書きの手帳も使ってダブルチェックしています。置き忘れが怖いので、お財布やカバンはたすき掛けで体から離せません。

■「見えない障害」への理解は難しい

 今、心がけているのは「断る勇気」です。この病気は再発しやすいと言われていて、再発要因は疲れとストレスなので、一日の仕事量をセーブしなければなりません。

 お仕事はのどから手が出るほどやりたいのですが、お断りしたり日程変更をお願いしたり……。疲れを軽減するために、歩けるけれど車イスも利用しています。でも見た目が元気なので、病気を知らない人には、「見えない障害」があるということへの理解は、まだまだ難しいなと感じています。優しさがなくて生きづらいのではなくて、知られていないだけなんです。多発性硬化症の認知度を広める活動をしているのはそのためです。

 さらに、この病気には予防薬が存在していて、私は週1回、自己注射しています。注射をすると高熱が出て、体が震えるなどの副作用があります。私は震えを止めるために解熱剤をいろいろ試して、自分に合うものに出合いましたが、副作用に悩む人も多いんです。そんなことも含めて、もっともっとこの病気のことを発信していかなくちゃと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽癒シンガーKeiko(いやしんがーけいこ) 岡山県出身。既婚。プロシンガーとして芸歴20年以上。「歌を通して経験を伝える」音楽講演活動も行っている。代表曲に「多発性硬化症の歌」、フジテレビ「おじゃMAP」の挿入歌「世界で一番素敵な言葉」などがある。公式ブログ〈https://ameblo.jp/keiko-keikoblog/〉。

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