上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

死亡事故も起こったロボット手術はよりたしかな安全性の検証が必要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、普及が進んでいる「手術支援ロボット」を使った肺がんの手術で医療事故が起こり、60代の男性患者さんが死亡していたことが5月末に発表されました。

 報道によると、2020年10月に大阪の吹田市民病院で実施された「ダヴィンチ」による肺の一部を切除する手術の際、執刀医が遠隔操作で鉗子を動かした時に大動脈を損傷し、大量出血を招いたといいます。すぐに手術を中断したものの、患者さんは低酸素脳症で17日後に亡くなりました。

 病院の調査では、手術台から離れた場所で操作をしていた執刀医がモニターに映っていない範囲に鉗子を動かし、大動脈に接触させてしまったとのことでした。病院側は「適切な操作をしていれば防げた」と医療ミスを認め、遺族に謝罪して和解金を支払ったといいます。

 前回もお話ししたように、手術支援ロボットは国産も登場するなど新たなタイプの開発が進んでいるうえ、適用される範囲も増えていることから、これからさらなる普及が予想されています。また、ロボット手術を希望する患者さんも多いため、導入する医療機関も増えています。

 しかし、患者さんを守る「医療安全」という観点から見てみると、まだ疑問が残るという点についても、前回少しだけ触れました。近年は「ロボット手術を実施している」と標榜する医療機関に患者さんが集まりやすい傾向があります。そのため、医療安全よりも「患者さんが希望している」あるいは「満足度が高い」という点が大きくクローズアップされ、それだけで突っ走っている印象を強く受けるのです。

 もちろん、ダヴィンチのシステムエラーは0.2~0.4%と極めて低いといわれていて、安全性が確認されているからこそ、保険診療でもロボット手術が認められているわけです。しかし、本当に人間の手による手術よりも正確で安全なのか──よりたしかな安全性を担保するには、さらに大規模な検証作業が必要だと感じています。

■認定資格が設けられているが…

 外科医がダヴィンチを操作して手術を行うには、メーカーが設けている認定資格を取得する必要があります。専門の研修施設でシミュレーターなどによるトレーニングを受講し、資格取得後は最低10例の症例を見学してから手術に臨むことが義務付けられています。しかし、今後も同じような医療事故が起こるようであれば、「メーカーの認定が甘いのではないか」という意見が出てくる可能性もあります。

 医療機関によっては、メーカーの認定資格のほかに独自で実機訓練を実施しているケースがありますし、日本ロボット外科学会では専門医の認定制度も設けられています。こうしたさらなる安全性への取り組みを、大規模な臨床データをベースにしながらもっと積み重ねていくべきでしょう。 

 また、より安全な手術体制の検証も必要かもしれません。ロボット手術では、執刀医は手術台から離れた場所にあるサージョンコンソールというコックピットに座り、モニターを見ながらコントローラーを操作して手術を行います。実際に手術を行うのは、執刀医の遠隔操作に従って動くペイシェントカートと呼ばれる機械で、患者さんの側には、ペイシェントカートに設置されたカメラの位置を変えたり、鉗子を入れ替える医師が配置されています。

 アメリカでは、PA(フィジシャンアシスタント)と呼ばれる専門の手術助手がそうした作業を行っていますが、日本にはそうした制度がないことから、まだ経験が少ない若手の医師が任される傾向が強いといえます。そのため、不測のトラブルが起こって患者さんが急変したときに、通常の切開手術に切り替えるなどして迅速に対処できないケースも考えられます。

 あくまで予想ですが、ロボット手術によるエラーは、患者さんが亡くなるまでは至っていないものの、その場で通常の切開手術に変更したケースもいくつかあるのではないでしょうか。万が一に備え、患者さんの側には通常の手術を問題なくこなせるレベルの外科医を配置しておくべきなのです。

 今後、さらにロボット手術が広まる流れを考えると、これからの外科医はロボットの操作にも対応できるようにしておかなければならないといえます。とはいえ、若い世代はわれわれが考えている以上にスマートフォンなどのデジタル機器を自在に使いこなしていますから、ロボット手術への対応もそれほど難しくはないでしょう。

 ですから、そうしたハードへの順応よりも、医療の基本である医療安全をベースにして、真に追究するべき確実な低侵襲治療による早期回復を前提に、万が一のトラブルに対処できるよう通常の手術をどれだけしっかりこなせるかが、外科医にとって重要だと考えます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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