がんと向き合い生きていく

強いストレスが急激にがんを進行させたのではないか

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「ストレスとがんの関係」についてたずねられると、Y医師のことを思い出します。

 東日本大震災の発生(2011年3月11日)から3カ月後だったと記憶しています。被災した病院に勤務するY医師が私を訪ねてきました。

 Y医師は、津波で亡くなったご遺体の検案を毎日行い、夜はお酒を飲まないと眠れない日が続いたそうです。病院の1階は完全に破壊され、人工透析もできなくなり、悲惨な状況が続いているとのことでした。

 Y医師が私を訪ねてきた主な目的は医師派遣の依頼でした。

 Y医師はもともと頑強な体格で、この時は元気そうに見えましたが、苦労が重なってか、少し小さくなった印象を受けました。1時間ほど話して帰られましたが、それがY医師とお会いした最後でした。

 それから1年後、Y医師の訃報が届きました。スキルス胃がんで亡くなったというのです。

 私は愕然としました。考えてみれば、お会いした時、Y医師の胃にはすでにがんができていたのでしょう。あれから、体調がすぐれないことがあっても、検査する暇もなかったのではないでしょうか。そして、あの大震災のストレスが、急激にY医師のがんを進行させたのではないかと思いました。

■楽観的な人は進行が遅いとの報告も

 がんと診断された初期の段階から心理的なサポートを受けた場合、再発のリスクや死亡率が減少したという報告があります。また、肺がんで緩和的な心のケアを受けた場合は、そのようなケアを受けなかった場合よりも生存率が良くなったという研究データもあります。悲観的な人よりも、楽観的な明るい性格の人のほうが、がんの進行が遅いという説もあります。

 がんの原因に、ストレスを挙げる方がいますが、ストレスががんを発生させるかどうかは分かりません。がんの発生の多くは遺伝子異常が突然起こってしまうことによります。平均寿命が延び、高齢になって免疫能が下がり、がんになる人は増えています。長く生きていれば2人に1人ががんになる時代です。

 がんの1次予防に関わる要因としては、食生活、身体活動、喫煙・受動喫煙、生活習慣、がんにつながる感染症などが挙げられ、これらの予防対策でがんの約30%は減らせると考えられています。また、がんの2次予防には、早期発見、検診が重要とされています。

 ストレスで免疫能が下がるといわれますが、ストレスのない生活、あるいはストレスに強くなる方法といっても、性格や心の問題は個人個人で違います。むしろ、適度なストレスは、かえって心のしなやかさや回復力を刺激して、健康状態を維持してくれるのではないかとも思います。「適度」というのが難しいのですが、アルコールにしても、人付き合いにしても、適度な刺激がむしろストレス解消に導いてくれるようにも思われるのです。

「Y医師ががんで亡くなったことと震災の発生は、偶然同じ時期だった」と言われると、そうなのかもしれません。しかし、まったく証拠はないのですが、あの突然の震災による強いストレスが、Y医師のがんの進行を抑える免疫能を低下させたのではないか。私はそのようにも思ってしまうのです。

 震災では、放射線被ばくと甲状腺がんに関してよく議論されています。ただ、Y医師は放射線被ばくとは関係ありません。

 あれから11年が経ち、がん医療、特に薬物療法は大きく進歩しました。がんの薬がうまく合えば、進行がんでも命が助かる人は増えました。緩和医療分野でも、痛みや苦しさが軽減される人が多くなりました。

 がんと診断されたその時からの緩和ケアが大切だとよくいわれます。これは、一方では「死の覚悟」を迫っているようにも聞こえます。しかしそうではなく、逆に心と体のケアが免疫能を上げ、がんの進行を抑えることにつながってくれるのではないか。私はそう考えています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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