「心不全」は高血圧や糖尿病の薬で治す時代になってきた

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 高齢化が進む日本では「心不全」の患者が急増している。2020年時点の患者数は約120万人、2030年には130万人を超えると推計されている。そんな右肩上がりの状況が続く一方、心不全に対する新たな治療薬が続々と登場している。東邦大名誉教授で循環器専門医の東丸貴信氏に聞いた。

 心不全は、単一の病気の名称ではなく、心臓の働き=ポンプ機能が徐々に低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなっている病態を指す。息切れやむくみといった症状が現れ、そのまま放置して慢性心不全になると、だんだんと悪化して命を縮める。

 心不全を起こす原因はさまざまで、心筋梗塞などの虚血性心疾患、心臓弁膜症、心筋症、心房細動などの不整脈といった心臓疾患をはじめ、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、慢性腎臓病、膠原病でも心不全を起こすケースがある。

 放置していると悪化していくうえ、増悪を繰り返すたびに心機能が低下し、命の危険も増していく。

 そのため、早い段階での適切な治療が大切になる。

「現在、心不全そのものを完全に治す治療はありません。原因になっている疾患を管理したうえで、肺などの内臓に血液がたまるうっ血を改善することと、心臓からの血液駆出量を保持して末梢循環を良くすることが大事なので、塩分や水分の摂取を制限する『生活管理』や、心機能を改善させて心不全症状を軽減する『薬物治療』が中心になります。とはいえ、いまは心不全に使われる薬がかなり進歩していて、入院の回数を減らし、生命予後を延ばす効果があることもわかっています」

 かつて心不全の薬物治療では、心臓の収縮力を高めるアドレナリンやジギタリスなどの「強心薬」や、うっ血を取り除いて心臓の負担を減らす「利尿薬」が使用されていた。しかし、いずれも一時しのぎで長期的な効果はないうえ、利尿薬には腎機能を低下させるリスクもある。

■さまざまな作用機序の薬が続々と登場

「それが近年、さまざまな作用機序を持った治療薬が登場し、心不全の標準治療として確立されてきています。交感神経を抑えて心臓の動きを休めながら機能を回復させる作用がある『β遮断薬』、血圧を上げ心不全を増悪させる神経体液性因子レニン・アンジオテンシン系の働きを抑えて心臓を保護する『アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬』や『アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)』、アルドステロンというホルモンの働きを抑制して水分を体外に排出し血圧を下げる『ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬』といった薬が使われます」

 さらに最近は、電気信号により心臓を刺激する洞結節の興奮を抑えて心拍数を減らし、心臓の負担を軽減する「HCN(過分極活性化環状ヌクレオチド依存性)チャネル遮断薬」や、ACE阻害薬やARBと同じくレニン・アンジオテンシン系の過剰な活性化を抑えつつ、心不全治療作用がある脳性利尿ホルモン(BNP)の分解を阻害する「アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)」といった新たな薬が登場した。大規模臨床試験では、ARNI投与群は心不全による再入院と心血管死がACE阻害薬投与群よりも2割減少したことが報告されている。

 また、糖尿病治療薬として開発された「SGLT2阻害薬」も心不全の治療薬として承認された。

「SGLT2阻害薬は、腎臓の近位尿細管で糖を再吸収する役割を担っているSGLT2の働きを阻害し、血液中の余分な糖をナトリウムと一緒に排出させることで血糖を下げる効果があります。それ以外にも、利尿、酸化ストレス低下、血圧低下、腎機能の改善、体重の減少といったさまざまな作用があり、海外の臨床試験ではSGLT2阻害薬の使用で心不全による入院のリスクが35%低下したことが報告されています。先に説明したACE阻害薬やARB、新たに登場したARNIは高血圧症の治療薬でもありますから、心不全に対して糖尿病や高血圧の薬で立ち向かう時代になったといえるでしょう」

 実際に東丸氏は、これらの薬を適切に使用したことで、心不全の状態が一気に改善したケースも経験しているという。

 治療薬の進歩は心不全の患者にとって光明といえそうだ。

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