独白 愉快な“病人”たち

疲れと強い日差しにやられて声が…歌手の辛島美登里さん熱中症を振り返る

辛島美登里さん(C)日刊ゲンダイ
辛島美登里さん(歌手/61歳)=熱中症

 今年の夏、「熱中症」で声がまったく出なくなりました。内緒話みたいな声しか出なくて、しかもそれが長引いて1カ月たって、ようやくなんとか歌える声が戻りました。

 じつは熱中症を認識したのは今年が初めてではありません。4年前にも痛い目に遭っています。当時もニュースなどで熱中症への注意喚起は盛んでした。でも、私は鹿児島生まれ鹿児島育ちなので「暑さに強い」と自負していたのです。実際、冬は乾燥に気をつけなくてはいけないけれど、夏は無頓着でも元気でした。冷たい物や脂っこいものもガンガン食べて、夏太りするくらいだったのです。

 でも4年前のその夏は、急に体の中の力が抜けて、「呼吸しづらいな」と思い始めた翌日から喉に違和感を覚え、その3日後に鹿児島の実家に帰って昼食をみんなで食べている最中にどんどん声が出なくなり、食事が終わる頃はまったく出なくなっていました。

 病院で診察を受けると、喉が腫れ声帯のひだも損傷していて「栄養も足りていない」と言われ、それから毎日、点滴しに行きました。1週間後にラジオの生番組があったので、それまでには私もお医者さんも治せる予定でした。でも、思った以上に治りが遅く、声は出たものの、「あなた誰ですか?」というくらい別人の声での出演となりました。

「1週間もあったのにこんな声しか出ない私になったんだ」と、そのとき思い知りました。遡ると、37歳の頃にも一度、高熱で声が出なくなったことがあったんですけど、そのときはコンサート後に発症して、4日間入院して次のコンサートに間に合いました。でも、それから20年たったらそりゃ状況は変わりますよね。年齢(当時57歳)と、これまでのキャリアの中で培ってきた自信とのギャップを認める時が来たんだな、と思いました。

■自分に優しくしてあげることが必要

 それ以降、夏にもだいぶ気を付けるようにしていたのです。それなのに今年、またやってしまいました。コロナ禍で未知のストレスを抱え、規制緩和で少しずつ歌のお仕事が増え始め、旅行もできるようになって、あれもこれも楽しくて、動き出した世の中に遅れたくなくて体の負担を置き去りにしていたのかもしれません。

 違和感の始まりは、ラジオの生放送で4時間という長丁場のパーソナリティーを今年4月から受け持ち、少し慣れてきた仕事明けの夜にやってきました。4年前に学習したあの違和感に「これはくるな」と思っていたら、案の定、翌朝には声が出なくなっていました。

 蓄積した疲れと、スタジオの窓から入る日光の強さにすっかりやられてしまったようです。そこは26階のサテライトスタジオで眺めもいいし、日当たりもいい。もちろん空調もありましたし、保冷剤などを用意して臨んだのですが、ずっとシェード越しの日差しを背中に受けていたのが負担だったのかもしれません。

 発熱はそれほどありませんでしたが、声がカスカスで食欲がなくなりました。じつは私、食後にご褒美デザートをたくさん食べるのが至福の癒やしなのですが(笑)、その時は寝る前に「あ、今日デザートを食べなかったな」と気づいたり、冷蔵庫にプリンが置いたままだったり……。そんなこと初めてだったので、これは相当、体も気力も弱っているな、と感じました。

 今回も「喉と声帯の炎症・損傷」ということで、点滴して抗生剤を処方していただきました。そして課題は「ラジオのレギュラーをどうこなすか」でした。けれど、世の中は常に変わるもの。完璧でなくていいから、休まずに少しずつ体調と仕事の両立ができたら、という気持ちで続けました。幸い、なんとかコンサートには間に合いましたが、当日までスタッフに心配をかけ、ファンも見守ってくれました。

 年齢によって体力が落ちることは理解しています。でも、どんなペースでどのくらい体力が落ちるか計算できなくなってきて、本番にコンディションを合わせられなくなるのが一番困るところです。より一層、疲労をためないよう気を付けなければいけないなと思いました。

 コロナワクチンはもう4回目まで打ちました。やれることはやっておかないと感染したとき後悔しますから。おかげさまでコロナにはかかっていません。でも3回目のワクチンでは打った2週間後に「帯状疱疹」が出て、4回目のワクチンの2週間後は今回の熱中症です。

 つくづく思ったのは「弱さを認めること」。甘やかすのではなく、自分に優しくしてあげることが、この年齢になってくると必要かなと。若い頃は「なんでできないの!」と自分を叱咤激励することが多かった。大抵のことは気力で乗り越えてきたタイプなので……。

 でも、自分の体を細かく見つめてあげると、ほんのちょっと昨日より良くなっているところがあるんです。自分が望んだ箇所でなくても、ゆっくりでも、体は前を向いているってことを実感しました。そんな「小さな頑張り」を見つけてあげたい。

 必要なのは自分の体との会話を増やすことかなと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽辛島美登里(からしま・みどり) 1961年、鹿児島県生まれ。大学卒業後、作曲家として多くのシンガーに楽曲を提供。1989年のデビュー翌年に「サイレント・イヴ」が大ヒット。コンサートを中心にテレビやラジオなどで活躍。10月16日(日)「オータム・ライブ with Piano“優しい時間”」(新潟県民会館小ホール)、12月17日(土)「クリスマスコンサート~冬の絵本2022」(キリスト品川教会グローリア・チャペル)に出演。

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