人気医師の和田秀樹がズバリ教える「老化を遅らせる生活」

和田秀樹氏
和田秀樹氏(C)日刊ゲンダイ

 ベストセラーの申し子といっていいかもしれない。老年精神科医の和田秀樹氏だ。今年に入ってから著作が売れに売れ、先月のトーハン週間ランキングでは、トップ10のうち7冊がランクイン。これまでの経験を生かして、いずれも高齢者が元気に生きるコツについてフォーカスをあてる。さて、老化を遅らせることは可能なのだろうか。和田氏に聞いた。

 働けるうちはいつまでも──。「高齢社会白書」(2022年版)によると、高齢者の4割がそう答えている。定年が視野に入った50代も、いろいろな事情で「長く仕事を」と考えている人が少なくないだろう。末永く元気で働くには健康が不可欠だ。

 老化を遅らせる秘訣を探る前に、老化の現状を見てみよう。そのヒントになるのが、介護保険にまつわるデータだ。

 介護保険は、40歳以上が保険料を支払い、65歳以上で支援や介護が必要になると、等級に応じたサービスが受けられる制度。年代ごとにサービスを受ける人がどれくらいいるかをみれば、世代ごとの老化の度合いをイメージしやすい。

■80代前半でも8割が自立

「介護保険事業状況報告(年報)」(2020年版)によると、要介護認定された割合は、年齢が上がるにつれて増えていて、「65歳以上74歳以下」が4.5%、「75歳以上84歳以下」が18.7%で、「85歳以上」は59.1%に急増する。

 平均寿命は男性81歳、女性88歳で、人生100年時代が目前。85歳以上の要介護率の高さに目を奪われるが、80代前半まではせいぜい2割でしかないことが見て取れるだろう。

「要介護率のデータを裏返すと、80代前半でも8割が自立した生活を送っていることになります。つまり、その年代までなら、持病があっても致命傷にならず、介護を受けずに生活している人が圧倒的に多いということです。しかし、80歳の壁を元気に越えられるかどうかは、60代、70代の生活の仕方に大きく左右されます」

 高齢者の生活に強く影響する認知症の有病率も、加齢とともに上昇。60代の約2.5%から80代は約30%にハネ上がる。実に12倍だ。厄介な認知症についても、60代、70代の生活ぶりで変わってくるという。

 では、どんなことが80歳の壁を越えるのにプラスで、何が足を引っ張るのか。和田氏は、60歳から80歳までの中間点の70歳が、80歳の壁を越えられるかどうかの分岐点と設定。70歳までの生活を重要視し、そのエッセンスを著書「70歳の正解」(幻冬舎)にまとめている。

「70歳までのいろいろな生活シーンで『正解』をチョイスすれば、80歳の壁を健康に通過できる可能性が高いでしょう。一つ一つの選択の積み重ねが、老化を遅らせることになるのです」

■粗食はやめて肉を食べよう

 そのチョイスとして大きな意味を持つのが、生活習慣病とのかかわり方だ。年を重ねると、コレステロール値や血圧などの数値が高くなり、脂質異常症や高血圧などの持病が一つや二つはあるのは当たり前。中高年はそれらの数値を改善しようと、かかりつけ医の勧めで脂肪や塩分を控える食事を心掛けたりしているかもしれない。

「WHOの基準で肥満はBMI30以上です。米国は、男女とも30%以上がその基準を上回り、死因のトップは心筋梗塞。肥満大国ゆえの現実で、研究結果の裏づけがあるメタボ対策に励むのはある意味当然でしょう。しかし、日本でBMI30以上は5%程度と少なく、死因のトップはがんです。死因の割合は、心筋梗塞と脳卒中を加えても、がんを下回っています。その根本的な違いがありながら、日本では欧米主導のメタボ対策がまかり通っています。肥満大国の理屈が、痩せている日本人に当てはまるのか。結論からいうと、コレステロール値は下げ過ぎない方がいいし、肉も控えない方がいい。むしろ粗食はやめるべきです」

 東京都健康長寿医療センターは、東京・小金井市と秋田・南外村に住む65歳以上の1048人を対象にコレステロール値と生存率の関係を調査。コレステロール値を「高い」「やや高い」「やや低い」「低い」の4グループに分けて調べたところ、最低が「低い」だった。同センターは、タンパク質と生存率の関係も同じように4群に分けて調査。その結果も、「低い」が最低だ。

■セロトニンの量は食事で変わる

 このシンプルな研究結果こそ、高齢者にとってコレステロールの必要性をよく示している。それだけに、さまざまな不調を感じている高齢者は、その一端にコレステロール不足が関係している可能性が高いという。

「コレステロールは、体を形成する脂質のひとつで、性ホルモンや細胞膜の材料になるほか、『幸せホルモン』と呼ばれる神経伝達物質セロトニンを脳に運ぶ重要な役割もあるのです。そのセロトニンは、脳内でほかの神経伝達物質の分泌量をコントロールしていて、精神を安定させる働きを担っています。“心の司令塔”といってもいい。それによって、コレステロールが減ると、セロトニンの取り込みも減るため、うつになりやすいのです。心の安定に重要なセロトニンは年とともに減少します。そのため、高齢者ほど肉を積極的に食べてコレステロール値を下げ過ぎないことがとても重要なのです」

104歳を前に出版記念会見を行う日野原重明さん(2015年)/(C)共同通信社
104歳を前に出版記念会見を行う日野原重明さん(2015年)/(C)共同通信社
三浦雄一郎と日野原重明の好物は?

 年をとれば、だれしも若いころより意欲が低下する。決して性格ややる気の問題ではなく、生活改善を“名目”とした粗食の影響があるというわけだ。コレステロールの低下は、別の点でも意欲ややる気を奪う方向に働くという。

「先ほど触れたようにコレステロールは性ホルモンの材料になるため、血中のコレステロールが少ないと、男性ホルモンも少なくなるのです。その中でテストステロンは性機能だけでなく、意欲にも密接に関係。その分泌が減ると、周りへの関心や集中力を失い、活動意欲が低下するため、元気もやる気もない老人になってしまうのです」

 男性ホルモンの分泌を守るためにも、肉を食べてコレステロール値をある程度キープすることが大切なのだ。プロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎さんは80歳を越えても500グラムのステーキを平らげ、105歳の長寿を全うした聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんも週2回は肉を食べていたという。

「老化を遅らせるには、さまざまな要素が必要ですが、その中でも特に重要なことは意欲だと思います。意欲があれば、いろいろなことができますから。意欲を持ち続けるのに不可欠なのが、3つあります。脳の中では前頭葉で、ほかの2つはセロトニンと性ホルモンです」

■散歩は毎日6000歩を

 後者の2つを維持するために肉を食べることを習慣にした方がいいことは説明の通り。もうひとつの要素、前頭葉を守るには?

「精神活動の中枢である前頭葉は、新しいことが好きで、同じことを繰り返すと衰えていきます。その予防に私は、週2回の“初体験”を義務化。たとえば、ランチの弁当を新しい店で買ってみたり、歩いたことがない道を散歩したり。庭いじりが趣味なら、育てたことのない草花や野菜を植えるのもいい。そんな“小さな初体験”で十分で、とにかく“初体験”を続けること。もうひとつは、毎日の散歩です。適度な有酸素運動によって、前頭葉の萎縮が食い止められることが報告されています」

 国立長寿医療研究センターは50歳以上の男性381人を対象に1日の歩数と前頭葉の萎縮について調査。その結果、最も多く歩くグループは、最も少ないグループに比べて萎縮のリスクは4分の1にとどまった。女性は歩数との関係が認められず、1日の総エネルギー消費量が多いほど低リスクだった。2つの結果から、男性は毎日6000歩、女性はエネルギー消費に必要な筋肉量の維持を推奨している。筋肉の維持に必要なのは、やっぱり肉だ。

 電車やバスなど公共交通網が備わっている都市部はともかく、地方では車が生活の足になっている。ところが、高齢者の交通事故が相次いでいることから、高齢者の免許返納も社会問題だが、返納する前に考えるべきことがあるという。

「免許を返納して外出が制限されると、高齢者は買い物にも病院にも行けなくなります。もちろん必要なケースは、家族の運転で出かけるのでしょうが、そうでなければ確実に外出の回数が減る。その結果、足腰が弱まって、認知症のリスクが高くなるのです。ですから、まずは衝突防止装置やペダル踏み間違い防止装置など最新の安全装備がある車への買い替えをお勧めします。少なくとも60代は10年後、15年後の免許返納を心配するより、買い替え資金を心配する方がよっぽど賢明です」

 警察庁の調査によると、昨年の75歳以上の死亡事故件数は、前の年より13件増えて346件。しかし、10年前よりは83件減っていて、全体としては減少傾向だ。

 その原因を75歳以上と74歳以下で分けて調べると、特徴的なことが浮き彫りになる。74歳以下は車両や歩行者の見落としなど「安全不確認」がトップで、居眠りや考え事などの「内在的前方不注意」が続く。75歳以上で最も多い「操作不適」は4番目だ。

6種類以上の服用は要注意
6種類以上の服用は要注意(C)日刊ゲンダイ
免許返納より大事な薬の見直し

 75歳以上で死亡事故の主因である「操作不適」のうち、ハンドルの操作不適が15.3%、ペダルの踏み間違いが10.7%に上る。よく知られている通りだが、最新のサポートカーなら、事故を防ぐことができる可能性があるだろう。

 75歳以上で「操作不適」に続くのは、「安全不確認」「内在的前方不注意」だ。和田氏が「ほかに考えるべきことがある」と強調するのは、「安全不確認」や「内在的前方不注意」を起こす原因だという。

「このような不注意を起こす要因として、薬の影響が考えられます。高齢者は、薬の代謝にかかわる肝臓や腎臓の働きが低下していることがあり、薬の成分が長く体に蓄積し、副作用が生じやすいのです。薬の種類が増えればなおさらで、認知症のような症状が現れることもあります。睡眠薬や鎮痛剤、精神安定剤などは、そういう副作用を起こしやすい。免許返納を考えるより、薬の見直しを考える方が先決なのです」

 薬が6種類を超えると、副作用の頻度が15%近くに上昇。認知症が疑われた人のうち、2割は複数の薬を服用したことによる副作用だったという報告もある。

 それで薬を見直したところ、物忘れや傾眠傾向などが改善。中には、寝たきりだった人が歩くようになるなど劇的によくなるケースもあるという。

「たとえば1歳児と13歳の中学生が風邪になったら、医師は体の大きさに応じて薬の量を調節して処方します。それが成人になると、そうでもありません。やせ細った高齢者と元気でふくよかな50代が同じ病気なら、同量の薬が処方されるのです。おかしいですが、それが現実。たとえ“適正”な処方量でも、高齢者に副作用が起こりやすいのは、このことも影響しているのです」

 75歳以上は、24%が7種類以上の薬を服用しているというから心配だ。なるほど、薬の見直しが欠かせない。

あなた、私が寝たきりになったらどうする?
あなた、私が寝たきりになったらどうする?(C)日刊ゲンダイ
60代からの夫婦 相手のオムツを替えられるか

 仕事を続けるにしても現役時代のようにフルタイムではなく、プライベートも楽しみつつなのが高齢者の仕事だろう。そうすると、夫婦の時間が現役時代より増える。実はそれがストレス源になりかねない。

「夫源病という言葉があるように、妻にとって定年退職した夫が朝から晩まで家にいられるのはとにかく苦痛。在宅の夫はストレス源で、妻は抑うつ傾向を示すようになることがあります。私のような老年精神科医が抑うつ状態の初老女性を診察するときは、夫の影響を前提にするほどです」

 家にいる夫は、妻に食事の支度を要求。妻が外出しようものなら、「昼メシはどうなるんだ」と怒鳴る。そんなイザコザが続くと、妻は外出したい欲求を抑えてストレスをため込んで、腹いせに掃除を始め、「邪魔だからどいて」と夫を邪険にすると、怒りが怒りを呼び、互いが相手のストレスになる悪循環だ。

「女性にも、男性ホルモンが分泌されていて、閉経後は相対的に男性ホルモンが多くなります。高齢女性がアクティブに外出するようになるのは、男性ホルモンの影響も強い。逆に男性は、男性ホルモンが少なくなって、意欲が低下し、引きこもりがちになる。良好な夫婦関係のためにも、活力のためにも、高齢男性は男性ホルモンを補充するといい」

■ほどよい距離感=自由の尊重

 そのうえで、60代からの夫婦生活は、現役時代よりも距離感が大切になるという。

「60代以上は若い世代よりも専業主婦が多く、夫が仕事をしている間、家庭にいる妻は自由でしたから、その世代の女性にとって、引退後の夫は自由を奪う存在でしかありません。だから距離感が必要なのです」

 ほどよい距離感とは、夫婦の自由を尊重することだ。具体的に?

「昼食は自給自足で、自分で食べること。何も夫が自分で調理する必要はなく、コンビニやスーパーで買ってくればいい。可能なら、朝食も別々をいとわないのがベターです。そして妻が外出するとき、行き先を詮索せず、『一緒に行く』などと言ってはいけません。そして誤りやすいのが、共通の趣味です。若いころから一緒に楽しめることがあるならともかく、60代から共通の趣味を持つのはナンセンス。それぞれ異なる趣味を尊重するのが正解です」

■互いの相性が問われるとき

 若くして結婚した夫婦は、仕事や家庭に忙しい。子供がいればなおさらで、2人が向き合う時間はほとんどない。60代からの夫婦こそ、向き合う時間だろう。

「60代以上は見合いが多く、家柄など条件優先の結婚でした。恋愛結婚で性格を吟味したとしても、ルックスや安定などが重視された。お互い、“条件”の中で生活を進めてきたので、相性は二の次、三の次です。仕事も家庭もスローダウンする60代以上は、そんな条件を外して初めて夫婦の相性が問われるときでしょう」

 だからこそ、お互いの自由を尊重する努力を続けることが、60代、70代の夫婦の形。それが夫婦として「正解」といえるだろう。

「それでも『この人とは寄り添えない』という決断に至ったのなら、それは2人の相性が合わないということです。これからの時代、離婚してそれぞれの道を歩むのも、選択肢のひとつだと思います。家庭内別居、仮面夫婦の高齢男女は、確実に心を病む。そんな人を嫌というほど診てきましたから」

 夫婦の将来を見極める目安があるという。

「夫婦が一緒にいれば、必ず介護が必要になります。それを前提として、相手のオムツを嫌がることなく替えられるかどうか。相性の相違があったり、家庭内別居状態だったりすれば、抵抗を感じるはずです」

 夫婦水入らずで過ごすか、お互いのストレスを自覚して袂を分かつか。どちらを選ぶにせよ、まず夫婦が向き合うこと。そこにそれぞれにとっての70歳の正解があり、それが元気に80歳の壁を乗り越える原動力となるかもしれない。


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