名医が答える病気と体の悩み

認知症で一番身近な人間に被害妄想や攻撃性が表れるのはなぜか

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 認知症の患者さんの特徴として、判断力や理解力が低下し、状況把握が難しくなります。そのため、周囲の話の流れを理解できずのけものにされているという被害妄想が表れてしまう。また、感情のブレーキが制御できないので暴力や暴言といった攻撃につながります。

 認知症の中でも、脳の前頭葉や側頭葉が萎縮する「前頭側頭型認知症」の患者さんは人が変わったように攻撃的になるケースがあります。とくに前頭葉は、思考や感情、判断をつかさどるため人格に影響を与えるのです。

 また、「レビー小体型認知症」は、幻覚などが見えるため不安を抱きやすい。恐怖から暴力性が出るケースがあります。

 そして、被害妄想や攻撃性が一番身近な人に向かうのは、「介護者として近くにいるので確率的に敵視されやすい」というのが、私の見解です。

 認知症の症状では、記憶をつかさどる脳の海馬の働きが縮小し、短期記憶障害が起こって数分、数時間前の記憶保持ができなくなります。そのため、たとえば直前に財布を置いた場所が分からなくなります。患者さん本人は「あったはずの物がない」と考えますが、状況把握力が衰えていますから、自分は何もしていない=盗(と)られたと捉えてしまう。

 一方で、記憶や判断力が低下するものの、不安などの感情の記憶は残ることもあります。ですから「物を盗られた」などの悪い記憶は強烈に残ってしまう。置いたはずの財布がなくなる出来事が何度も繰り返し起こると、妄想が固着し、身近な周囲に疑いの目を向けるのです。

 比較的最近知り合ったヘルパーさんに対し、毎回「知らない人」として身構え、疑うケースはあります。しかし、多く見られるパターンは、長期記憶として存在を覚えていて目の前で世話をしている家族や付き合いの長いヘルパーさんを、「あいつが盗った」と決めつけて疑うケースです。状況把握ができないので、これまでの関係性を複合的に考えて、「あの人はそんなことをしない」と判断することもできなくなるのです。

 また、介護者とクリニックに来院する患者さんは大抵黙っています。医師と介護者の会話のスピードについていけず、話の展開を理解できないためで、患者さんはその時、自分の分からない話をしている=悪口を言っていると誤解することもあります。

 自分の身近にいる人たちが談笑すると、笑われているんだと被害妄想を抱き怒り出すケースもあります。

▽塚本浩(つかもと・ひろし)帝京大学医学部神経内科研修医、帝京大学医学部神経内科助教、ローマ聖心カトリック大学(Università Cattolica del Sacro Cuore,Roma)留学などを経て、帝京大学医学部神経内科・医学教育センター助教、帝京大学医療技術学部臨床検査学科准教授。東京医科大学茨城医療センター脳神経内科臨床准教授。現在は、けんせいクリニック院長、筑波大学付属病院臨床教授(病院)を務める。

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