高齢者や終末期患者の抗がん剤の飲み方を考える 在宅医療の名医が解説

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 前回、高血圧や糖尿病の薬は、年齢、体重、食べる量、運動量の変化に合わせて替えていくべきで、「一生同じように飲み続けなくてはいけない薬はない」という話を「しろひげ在宅診療所」(東京都江戸川区)の山中光茂院長に聞いた。山中院長は毎年200人を自宅で看取(みと)る在宅診療の名医である。では、加齢になるほど増えるがんの治療に欠かせない「抗がん剤」はどう考えるべきか。あらためて詳しく聞いた。

「末期がんや重度間質性肺炎などによる治療薬が必ずしも“延命”につながらないことを理解する必要があります」

 その多くは副作用が強い。それを頭で理解していても、「治すために必要」との思いから、その苦しさを医師に伝えず、「我慢し続ける」患者は多い。しかし、その我慢が逆に患者の命を縮めることもあるという。

「痛みを我慢していると、食欲が低下したり、不眠が続いたり、動くのがおっくうになったり、気持ちが落ち込んだりして日常生活に支障が出てきます。その結果、体力が損なわれ、命に関わることにもなりかねないのです」

 実際、抗がん剤をやめることで食欲が回復して体力がつき、寿命を延ばしたがん患者を山中院長は数多く見てきたという。とはいえ、抗がん剤や難病の薬のおかげで命を永らえていると考える患者にとって、それを中断することは命を失うことと等しい。そのタイミングはどう計ればいいのか?

「食事の量が減って大幅な体重減を経験したとき、吐き気や下痢の継続などが続くときが中断のタイミングです。薬は確かに患部にはよく効きます。がんを小さくしたり、間質性肺炎を改善させたりします。ただし、患部以外への悪影響も強い。特に消化器への影響が強く出て、人が生きていくための最低限の体の機能すら保てない状態に陥ってしまうこともあるのです」

 注意したいのは病院の医師が必ずしもその「薬をやめるべきタイミング」を正確に見極められるわけではないことだ。医師は患者の痛みや苦しさ、日々の生活での不自由さをすべて理解できないからだ。

「多くの患者を抱える医師は、体重減少や食事量、全身状態を十分確認せずに、腫瘍の大きさの変化や血液データだけを見て薬を安易に継続してしまうこともまれではありません。だからこそ、患者さんが薬の副作用から身を守るためには、薬による体の変化を自分でしっかりと確認し、その状態を素直に主治医に伝えることが大切なのです」

■家族が判断すべき時もある

 特に気をつけたいのが病院の患者だ。在宅医療の患者は“ホーム”である自宅のリラックスした雰囲気の中で、薬による副作用や薬を替えた時の感想を「先生、効きすぎるよ」「薬を替えてから全然効果が悪くなったよ」などと気軽に口にできる。ところが、“アウェー”である病院の患者だと、薬による影響を伝えるだけの時間的な余裕がなかったり、薬を替えて悪くなったと医師に伝えるのが申し訳ないという気持ちが働いて、素直に伝えられなかったりする。

「本人が病院に行けなくなり、家族が薬だけを取りに行くようなケースも要注意です。医師に薬の感想を伝えられないため、不要な薬を長期的に飲まされかねません」

 代表的なのは、慢性心不全と診断され、利尿剤が投与された場合。体の余分な水分が排出できずに心臓に負担がかかる慢性心不全では、利尿剤は必要な薬だ。

 しかし、その後入院したり、在宅診療に移った場合は薬を見直す必要がある。

「水分制限がしっかりできる環境に移れば、利尿剤は決して長期投与される薬ではありません。むしろ、漫然と投薬を続けることの方が危険です。水分が体から抜けすぎて脱水症状を来したり、腎不全や脳梗塞や心筋梗塞を引き起こすこともあります」

 明らかに看取りが近い患者に対しての投薬の是非をすべて医師の判断に委ねるのではなく、生活を一番見ている家族が判断すべき時があると山中医師は言う。

「『薬を中止したから悪くなった』と非難されることを過剰に恐れ、明らかに不必要な薬であっても中止の判断ができない医師もいます。特に、がん末期や老衰の状態では週単位、日単位での状態変化が大きく、薬とは関係なく、自然な経過で病状の悪化があるのですが、その説明を家族にしっかりとできない医師もいるのです」

 その結果、食事も十分に取れない中で、頑張って薬を飲ませようとして「誤嚥性肺炎」を引き起こし、患者を苦しめるばかりか、家族との最期の大切な時間を奪ってしまうケースもあるという。

「薬の効果は決して医学的な正しさだけで判断するものではなく、薬は決して我慢をして飲み続けるものではありません。単にその人の病気を治すためだけでもありません。今ある症状を和らげながら、その人の人生を幸せにするものでなくてはいけません」

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