「睡眠薬」の現在…ベンゾジアゼピン系から新タイプへの切り替えが進んでいる

医療機関で処方される睡眠薬には大きく4つのタイプがある
医療機関で処方される睡眠薬には大きく4つのタイプがある(C)日刊ゲンダイ

 年を重ねると、若い頃よりも睡眠の質が低下していく。いわゆる「浅い睡眠」が増えて、寝つきが悪くなったり、夜中に何度も目が覚める中途覚醒が多くなる。必要な睡眠時間は加齢に伴い減ってくるため、若い頃と同じように眠れないからといって睡眠薬を使う必要はない。しかし、中高年以降に不眠に悩み、睡眠薬を服用するようになる人は少なくない。そんな睡眠薬の中には漫然と長期にわたって使っていると、さまざまな弊害が生じるタイプもある。睡眠薬の注意点についてJA尾道総合病院薬剤部の別所千枝科長に聞いた。

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 インテージテクノスフィアが健康保険組合の加入者約19万人のデータをもとに分析した睡眠薬の実態調査によると、40~44歳の4.6%、45~49歳の5.2%、50~54歳の6.3%、65~69歳の9.4%が睡眠薬を処方されていて、加齢とともに処方率が高くなっていた。

 それだけ使っている人が多い薬といえるが、その分、安易に使用を続けて深刻な弊害を被るケースも少なくない。適切に使用するためにも、まずは睡眠薬のタイプについて知っておきたい。

「一般的に『睡眠薬』とは医療機関で処方される薬剤を指し、ドラッグストアなどで市販されているいわゆる『睡眠改善薬』は完全に別物です。市販のものは、風邪や花粉症の薬として使われている抗ヒスタミン薬の副作用として生じる『強い眠気』を利用したタイプで、医療用の睡眠薬とは成分も作用機序もまったく異なります」

 医療機関で処方される睡眠薬には大きく4つのタイプがある。

①バルビツール酸系(ラボナなど)

②ベンゾジアゼピン系(デパス、ハルシオン、サイレースなど)/非ベンゾジアゼピン系(マイスリーなど)=以下BZ系

③メラトニン受容体作動薬(ロゼレムなど)

④オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ、デエビゴなど)

「1900年ごろに世界初の睡眠薬として開発された①バルビツール酸系は、大脳皮質や脳幹に作用して脳の覚醒を抑えることで眠気を催します。しかし、依存や耐性が生じやすく、過量に服薬すると呼吸中枢が麻痺して死亡する危険がありました。そこで、60年代になって②ベンゾジアゼピン系、80年代に非ベンゾジアゼピン系が登場し、長らく主流になります。前者は『ベンゾジアゼピン骨格』と呼ばれる分子構造を持ち、後者はその構造を持っていませんが、薬理作用は同じで、どちらも脳内のベンゾジアゼピン受容体とGABA受容体の複合体に作用し、GABAという抑制性の神経伝達物質の働きを亢進させることにより催眠作用をもたらします。いずれも単独の服薬では呼吸抑制が起こらないため、登場から30年ほどはBZ系が睡眠薬の中心になりました」

睡眠薬は、生活習慣の改善などの睡眠衛生指導を行ったうえで、短期的に使うもの
睡眠薬は、生活習慣の改善などの睡眠衛生指導を行ったうえで、短期的に使うもの
BZ系は依存や副作用が起こりやすい

 しかし、近年になってBZ系には依存性があるうえ、さまざまな副作用が現れることがわかり、長期にわたる乱用が問題視されている。

「服用の翌日も眠気が持ち越され、倦怠感が続き、集中力や注意力が低下して物忘れが多くなったり、無気力になる場合があります。運動能力が低下したり筋力の弛緩が起こるので、交通事故や転倒・骨折のリスクも高くなります。また、BZ系を常用している人の中には、普段は抑制されている中枢神経系に脱抑制が生じ、急に攻撃的になったり、興奮したり、衝動的になるなどして、理性のタガが外れて突発的な自殺行動につながりやすくなるケースがあると報告されています。さらに、服用してから睡眠中の記憶がない状態で、起き出してクルマを運転していた、買い物に出かけていた、冷蔵庫の中の食品を食べていたなどの前向性健忘が見られるケースもよく耳にします。自分では防ぎようがないので、大きな事故につながる危険があるのです」

 しかも、BZ系には身体的にも精神的にも強い依存性があり、同じ量を飲んでいても徐々に効果がなくなってくる耐性が生じて服薬量が増えていく人も少なくない。そのため、乱用による健康被害で救急搬送されるケースも増えているという。「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(2020年)によると、睡眠薬・抗不安薬が主たる薬物だった症例は480例で、乱用されていた睡眠薬・抗不安薬の順位は、1位がエチゾラム(デパスなど)158例(32.9%)、2位がフルニトラゼパム(サイレースなど)108例(22.5%)、3位がゾルピデム(マイスリーなど)100例(20.8%)、4位がトリアゾラム(ハルシオンなど)62例(12.9%)だった。いずれもBZ系だ。

「BZ系は、患者さんが効いてほしいタイミングでしっかり効果が出て、すぐに眠れる睡眠薬といえます。そのため、不眠に悩む患者さんが『○○を出してください』と銘柄を指定してくるケースがとても多い。しかし、患者さんが望む効果が出ることで『今日もきちんと眠るために飲まなければ』という気持ちになり、そこから依存が生じやすい。さらに、いざやめたいと思っても離脱症状が強く、さらなる不眠、イライラ、不安、焦燥感といった不快な症状が現れます。『やめたいけれど、どうしてもやめられない』と、泣きながら訴える患者さんもいるほどです。BZ系の睡眠薬は短期的な目標を達成するために使うにはよく効くいい薬なのですが、漫然と長期に使用するのは不利益が大きいのです」

 もちろん、不眠のために翌日の仕事や運転ができないなど、生活に支障が出ている場合は、睡眠薬をきちんと使って眠ったほうがよいと判断されるケースはある。しかし、睡眠薬は生活習慣の改善などの睡眠衛生指導を行ったうえで、短期的に使うもので、「ちょっと眠れないから睡眠薬を出して」という人には本来は必要ない。しかし、経営的なメリットも考慮してすんなり処方する医師も多く、長らく主流だったBZ系の乱用につながってしまったという。

 そうしたBZ系の依存性や副作用の問題を受け、厚労省は近年になって医療機関に対し用量と使用期間について注意喚起を行い、同一用量で1年以上継続して処方している場合に、処方料・処方箋料の減算規定を設けた。そうした状況から、現在の睡眠薬の主流になっているのが③メラトニン受容体作動薬と④オレキシン受容体拮抗薬だ。

■自然な睡眠を促すオレキシン受容体拮抗薬

「メラトニン受容体作動薬は、睡眠に深く関わっているホルモンであるメラトニンの受容体に作用し、体内時計を整えて『夜になると眠くなり、朝になれば目覚める』という自然に近い睡眠に誘導します。オレキシン受容体拮抗薬は現在一番使っている睡眠薬で、脳の覚醒を促す神経伝達物質であるオレキシンの受容体を阻害することで、脳を睡眠状態に促します。どちらもいまのところ依存性は少なく、集中力や運動能力の低下、興奮しやすくなるなどの副作用も報告されていません」

 国の指針からも、今後、睡眠薬はBZ系からメラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬に切り替わっていくのは間違いない。

「これまで長期にBZ系を使用してきた患者さんの中には、切り替えが難しいケースもありますが、新たに睡眠薬を処方する場合は、メラトニン受容体作動薬かオレキシン受容体拮抗薬が選択されるでしょう。新しい2つのタイプは、BZ系に比べると効き目が穏やかで、飲んですぐにガッと効いて眠れる感じではありません。ただ、それが自然に近い睡眠で、効きがいい薬が良い睡眠薬ということではないのです。当院では入院患者さんの同意をいただいたうえで、BZ系からオレキシン受容体拮抗薬に切り替えを進めていますが、しっかり眠れているという声が多く聞かれます」

 不眠症治療のゴールは、薬なしで眠れるようになることだ。ただ、事例によってはどうしてもBZ系が必要な場合があるため、自己判断で増やしたりせず、医師の指示通りに服用する。また、作用の強さだけでBZ系を選んでいる場合はなるべく短期にとどめ、メラトニン受容体作動薬かオレキシン受容体拮抗薬に変更して、睡眠環境や生活習慣を見直したい。

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