知っておきたい睡眠知識

「良質な睡眠を得るための食べ方」時間栄養学の第一人者・柴田重信氏が語る

写真はイメージ(C)RyanKing999/iStock
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 いつ、何を食べるかによって睡眠の質は変わる──。こう言うのは日本の時間栄養学の第一人者で早稲田大学先進理工学部の柴田重信教授だ。2017年のノーベル生理学・医学賞受賞で話題となった体内時計をつかさどる時計遺伝子のメカニズム。地球上の生物が持つ1日約24時間のリズム(サーカディアンリズム)を調節する役割がある体内時計だが、最近の研究で肥満や睡眠など私たちの健康に関わりがあることがわかってきた。そしてこの体内時計の調整に重要な役割を果たしているのが食事だという。柴田教授に「良質な睡眠を得るための食べ方」について聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──そもそも体内時計とは何ですか?

「体内の時間軸を調整するシステムのことをいいます。私たちは本来24時間よりも少し長い1日を刻みますが、体内時計のおかげで24時間周期の毎日を過ごすことができています。体内時計によって私たちは朝目が覚めて、夜眠くなるのですが、そのほかにも朝になると血圧が上がって目覚めの準備がされたり、寝ている間は体温が下がったり、私たちが暮らす24時間の生活に応じて、体の状態が変化しています。ところがこの体内時計が正常に働かないことで、睡眠障害やうつ病、肥満や糖尿病、がんやアレルギーなど、さまざまな疾患につながることがわかっています」

 ──食事はそれとどう関係しているのですか?

「体内時計は1日24時間より少し長い周期で動いていることがわかっています。これを24時間にリセットするために重要な役割を果たしているのが光と食事の刺激なのです。朝の光の刺激が網膜を通じて脳に伝わることで、脳の中の親時計がリセットされ動き始めます。一方、子時計は光の刺激と共同しながらも食事によって動き出すことがわかっています。つまり、食事をする時間は体調に大きく関わっているということです。それはつまり、同じ人が同じものを食べても、1日のうちにいつ、何を食べたかで太りやすくなったり、痩せやすくなったり、血圧が高くなったり、変わらなかったりという反応が起きるからです」

 ──時間栄養学はそれを明らかにする学問ということですか?

「その通りです。健康に役立つ食・栄養については、量、質、場所、誰と、などに注目されて研究されてきましたが、『いつ』の要素が欠けていました。しかし、同じ食べ物を食べても朝と夕、平日と週末といった、食・栄養を取るタイミングによって、食が体に果たす役割が変わります。たとえば、ヒトには早起きが得意な朝型、夜更かししても眠くならない夜型、どちらでもない中間型があります。それも時計遺伝子が関係していて、食事の時間や内容によってタイプを変えられることがあります。つまり、朝食、昼食、夕食、おやつといった食行動と、それによって引き起こされる体内の時間帯別の反応との関係を明らかにする学問が時間栄養学なのです。それは睡眠にも大きく関わっています」

柴田重信教授
柴田重信教授(C)日刊ゲンダイ
まずは朝の牛乳と日光浴から

 ──では、良質な睡眠を得るにはどんな栄養をいつ取るのがいいのでしょうか?

「眠れないときにはホットミルクを飲むといい、という話を聞いたことがあるでしょう。それは牛乳に多く含まれるトリプトファンと呼ばれる栄養素が、睡眠を促すメラトニンの材料になるからです。たしかに、良質な睡眠を得るにはトリプトファンはおすすめですが、短時間にメラトニンになるとは考えられません。むしろ、トリプトファンを多く含む牛乳やチーズ、ヨーグルトなどの乳製品、豆腐や納豆などの大豆食品、バナナや卵などは朝食でしっかり取り、明るい光を浴びて日中を過ごすことが大切です。というのも、メラトニンの材料となるセロトニンは光を浴びることで増えるからで、セロトニンは夜メラトニンになり、自然な眠りを誘ってくれるのです」

 ──よく眠るには朝の食事が大切なのですね。

「そうです。私たちは、良い睡眠にはとくに朝、和食を取るのがいいと考えています。そのひとつの理由は、和食には食物繊維が豊富だからです。大腸まで到達した水溶性食物繊維(大根や納豆などに多い)は腸内細菌によって発酵・分解され、酢酸、酪酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸が作られます。この短鎖脂肪酸が末梢組織の子時計をリセットさせる能力を持っています。しかも、和食につきものの魚には魚油があり、その中にはドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)といった不飽和脂肪酸が含まれています。和食として、ご飯=炭水化物と水溶性食物繊維や不飽和脂肪酸を一緒に取ることで、末梢組織の子時計のリセットが可能になるのです」

 ──逆に夕食に取った方がいい食べ物はありますか?

「アミノ酸の一種で、リラックス効果によって眠りに導いたり、ストレスを緩和したり、睡眠の質を整えたりするγ-アミノ酪酸(GABA)は夜取るといいでしょう。トマトやパプリカなどの野菜、バナナやメロンなどの果物、ヨーグルトなどの乳酸菌発酵食品に豊富です。一緒に大豆などの豆類や大豆加工食品を取ると効果がアップします。これらに含まれるアミノ酸であるL-セリンは神経伝達物質であるGABAの作用を増強し、鎮静効果を高めるからです」

 ──昼夜逆転している夜型の人はどうすればいいですか?

「朝の目覚めが悪い人は豚肉やホタテ、イカに多く含まれているグリシンと呼ばれるアミノ酸を夕食時に積極的に取るといいでしょう。グリシンは目から入ってくる光に対する反応を促進させる可能性があり、夕食に取ると明け方に効き、朝の目覚め感を良くする可能性があります。シークワーサーやポンカン、カボスといった柑橘系食物の皮に豊富なノビレチンは時計遺伝子を調整して朝型にリセットしてくれます。皮ごと搾った果汁などを飲むといいかもしれません。また、新鮮な青魚を朝食べることも、体内時計が夜型の人を朝型に変えることを期待できます。青魚に含まれるヒスチジンに体内時計のリセット効果があるからです」

 ──朝早く目覚めるお年寄りはどうでしょうか?

「シジミに豊富に含まれるオルニチンは一般的には疲労回復や二日酔いに良いといわれますが、高齢者のような極端な朝型の人の睡眠改善に効果的です。マウスの実験では肝臓の時計遺伝子に作用する可能性があり、メラトニンの分泌リズムが遅れることがわかっています。つまり、体内時計が夜型化するわけです。ですから、夕食時にシジミを取ると就寝時間を遅らせられる可能性があります」

 ──おやつは食べてもいいですか?

「昼食と遅い夕食の間に間食を取ると、夕食の血糖値にどのような影響が出るかを調べたことがあります。結果は、夜型で痩せ気味で夜の食事で高血糖になりやすいタイプの人は食物繊維の多いおやつを取ると、夜の高血糖を予防できる可能性が高いことがわかりました。血糖が高いと良い睡眠を得られません。そのことを考えれば、上記のタイプの人はおやつを選んで食べるのはいいかもしれません」

▽柴田重信(しばた・しげのぶ) 早稲田大学先進理工学部教授。早稲田大学総合研究機構時間栄養学研究所所長。1976年九州大学薬学部卒。83年九州大学薬学部助手、86年ニューヨーク州立大学リサーチフェロー、95年九州大学薬学部助教授、早稲田大学人間科学部助教授。96年早稲田大学人間科学部教授、2003年早稲田大学理工学部教授、06年早稲田大学先進理工学部教授、現在に至る。時間栄養学の第一人者で、近著に「食べる時間でこんなに変わる時間栄養学入門」(講談社ブルーバックス)、「脂肪を落としたければ、食べる時間を変えなさい」(講談社+α新書)がある。

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