がんと向き合い生きていく

医師の原点“慈しみ”の対極にあるのが“怨み”なのだろうか

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 ある病院のスタッフからこんなメールが届きました。

「先生、コロナ感染者がまた増えてきています。昨日から近くの内科医院のM先生が陽性となって休診されています。とっても気をつけている先生だと思っていましたが、どうも家族から感染したようです」

 コロナ流行から3年たちますが、まだ続いています。M先生は、病院に勤務していた時は消化器がんを専門とされていました。とても熱心に診療される医師で、先日はこんな話をしてくれました。

「私の医師としての理想、原点はマザー・テレサです。ひとりひとりの魂の触れ合いです。『慈しみ』と思っています。ところが、今はコロナ流行の影響で、遠隔診療やWEB診療が勧められています。WEBでは、患者と医師が同じ空気を吸っていませんから、なかなか病状が分かりにくいのです。いくら立派な設備ができても、WEBは機械にしかすぎません。聴診器で、以前のような診療がしたいです。もちろん、しっかり診察しているつもりですが、診察していて、コロナ感染者と分かると、なるべく早く離れようとしている自分に気づくことがあります。情けないですが、防護衣を着て完全防御装備をしていても、以前のように時間をかけて患者さんと余計な話をしているわけにはいきません。スタッフにも迷惑になります」

 M先生の早い回復を祈るしかありません。

 自分が年老いたせいなのか、道で幼い子供に会うと、最近は格別に「可愛い」と感じる気がします。乳母車に乗って、両足を振っている子、親に手をひかれて歩いている子、親の自転車の後ろに乗っている子、自宅の近くに保育園があるためか、いろんな子に会います。みんな可愛い子たちです。

 でも、触れるわけにはいきません。母親はマスクをしていますが、小さい子供たちはマスクをしていません。3年前までは、よく話しかけて、手や足に触れさせていただいていましたが、今はそうはいきません。感染症は人と人を離します。  先日は、髪の毛がまだ少ない子供に出会いました。なにか病気をされたのか分かりませんが、クリッとした目をしたとても可愛い子でした。

 2人が横に並んだ乳母車を目にすることもあります。双子です。母親に「男の子? 女の子?」と聞くと、「男の子です」との返事があり、「いいな~」と羨ましく思います。双子たちは、ひとりは笑って、ひとりは向こうを見たままでした。

■怨みをすててこそ息む

 帰宅すると、テレビのニュースでは、戦争で小児病院が爆撃されたと報じていました。建物の残骸が映っています。道端に倒れた人をぼかして分からないようにしています。「兵士だけでなく、住民を撃った」「学校に爆撃した」……。犠牲者の数の報道は毎日続いています。生まれて数カ月の子も犠牲になっています。

 しかし人間は、どうしてこんな無謀な、無残なことを繰り返すのだろうか? と思います。いつまで戦争を続けるのでしょう? たくさんの命が奪われて、それでも続いています。

 われわれは77年前の原爆投下で、もう、戦争はできる時代ではなくなったと思って過ごしてきたように思います。どんな怨みがあっても、人を殺す戦争はすべきではありません。一日でも早く戦争をなくして欲しいと思います。

 哲学者の中村元が翻訳した「法句経」にこんな言葉があります。

「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。『われらは、この世において死ぬはずのものである』と覚悟をしよう。--このことわりを他の人々は知っていない。しかし、人々がこのことわりを知れば、争いはしずまる」

 戦争を起こしている一人の為政者の怨みが、たくさんの人の命を奪っていると思います。「慈しみ」の対極にあるのが、「怨み」なのでしょうか。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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