これまで通院で治療を受けてきたけど、ある時から自力での通院が難しくなり、自宅での療養に切り替えた、という方はかなりいます。
中には、主治医から入院を勧められた方もいます。それでも、在宅医療を選択した理由は、患う病気の状況、病気や療養に対する考え方、生活する上でのモチベーション、生活環境によって異なります。ご家族や身内の方の思惑などその患者さんを取り巻くさまざまな要因や、ライフスタイルへのこだわりといったことによっても大きく違ってきます。
いずれにしても自宅療養を開始するにあたって、患者さんがどの程度まで移動・排泄・食事などの最低限のADL(日常生活動作)ができるのか、その方の置かれた状況を私たちも認識し共有することが重要になってきます。それが自宅で過ごす上でのQOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)に大きく関係してくるからです。
自宅での療養を始めた80歳の独り暮らしの女性。この方はもともと長年にわたる糖尿病で、皮膚の炎症を起こしやすく、細菌感染で皮膚や脂肪組織などに炎症を起こす蜂窩織炎(ほうかしきえん)を患っていました。
さらには、寝たきり状態によって皮膚の血流が滞り生じる褥瘡(じょくそう)、骨の強度が低下し骨折しやすくなる骨粗しょう症があり、腎臓で作られる造血ホルモンであるエリスロポエチンと呼ばれる物質の産生量が減少することで貧血をおこす腎性貧血も患っていました。
特に足のかかとと背中に蜂窩織炎があり、その状態がよくないために通院が難しく、今回私たちの診療所で在宅医療を始められたのでした。
「初めましてこんにちは。蜂窩織炎は退院されてから?」(私)
「違います。9年くらい前からズキンズキンって痛くてね。前の病院では最初、足がこんなになったから手術しようかってなったんだけど、わたし頑張りますって、先生に『手術を』って言わせてやらなかったのよ」(患者)
患部を抱えた脚の切除を自分の意思で退け、巡り巡って在宅医療にたどりついたといえるものでした。
そこでまず手始めの処置として、これは在宅医療ではあまり知られていませんが、形成外科的な処置として器具により壊死した患部をかき出す処置を行うことになりました。
「元々おやりのお仕事は?」(私)
「立ち仕事です」(患者)
「かかとの傷は褥瘡っていって、長い間圧迫するとできちゃうんですよ。いつごろからですか?」(私)
「私気づかなかったの。入院して先生たちが気づいて」(患者)
「かかとは治りにくい場所なんで、時間かかるんですけど気長に治していきましょう」(私)
「わかりました」(患者)
深刻な様子も見せず気丈に振る舞い、私たちと一緒に在宅医療を積極的に進めるその様子に、我々も勇気づけられたのでした。