上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓病を抱える人が飛行機を利用して長旅をするときの注意点

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナの感染が再拡大してはいますが、コロナ禍で打撃を受けた経済の回復に向けた政策のひとつである「全国旅行支援」が年明け以降も継続されるといいます。また、海外では日本からの渡航者や日本人に対する入国制限の解除が進んでいます。欧州ではほとんどの国がコロナ前と同じように入国可能ですし、東南アジアの国も次々と制限が解除されています。

 こうした状況を受け、これから年末年始にかけて久しぶりに旅行に出かける人が増えるでしょう。国内だけでなく、海外へ足を運ぶ人も少なくないはずです。そこで、心臓にトラブルを抱えている人が飛行機を利用して旅行する際の注意点をお話しします。

 飛行機の機内は、地上に比べて心臓に負担がかかる環境といえます。1万メートルほど上空をフライトするので、地上では1.0の気圧が機内では0.8くらいまで低くなり、酸素濃度も70%程度にまで下がります。そのため、心臓にトラブルがあって酸素を全身に送るポンプ機能が低下している人は、余計に酸素を取り込みづらくなり、それだけ心臓の負担が大きくなるのです。

 大手航空会社では「航空機旅行が適さない状態」として、心不全、チアノーゼ心疾患(もともと低酸素状態の心疾患)、不安定狭心症、急性心筋梗塞(発症6週以内)を挙げています。これらの心臓病を抱えている人は、飛行機を利用した旅行は避けたほうがいいといえるでしょう。

 慢性化していない心臓病で治療を受けた後、心臓リハビリに取り組んで心肺運動負荷試験(CPX)をクリアしている人であれば、飛行機で旅行をしても問題はありません。CPXは、運動中の酸素濃度や二酸化炭素濃度、換気量をリアルタイムに計測して、心臓や肺などの総合的な機能から患者さんの体力(運動耐容能)を評価する試験です。

 一方、慢性心不全で心機能が低下している人はもちろん、心臓リハビリの最中に不整脈が出たり、予定していた運動耐容能まで到達できなかった人は飛行機に乗るのはやめておいたほうがいいといえます。また、普段の生活で2階分くらいの階段を上る際、途中で休んで息継ぎしながらでも上り切れない人は、心機能に問題があるので、飛行機による長旅は控えましょう。

■服薬も工夫が必要

 心臓病の状態をしっかりコントロールできていて飛行機が問題ない場合でも、血液をサラサラにする抗凝固薬、血圧を下げる降圧剤、血糖降下薬を飲んでいる人は、海外に出向いた際は服薬に注意が必要です。日本との時差を考慮しないと、薬を過剰に飲むことになって、出血しやすくなったり、血圧が下がりすぎてしまったり、低血糖を起こす危険があるのです。心臓手術を受けて服薬中の患者さんには、現地に着いてから最初の睡眠をとるまでは時計を現地時間に合わせるのはやめておき、その日は薬は飲まないで過ごす。翌日、起床したら時計を現地時間に変更し、その時刻にしたがっていつも通りのペースで薬を飲むようにお話ししています。日本に帰国したときも、同じ手順で薬を飲むようにします。この方法ならば、薬が効かない、あるいは効きすぎるといった不具合を避けることができるのです。

 ほかの注意点としては、機内で調子が悪くなった場合は設置されている酸素を吸引すれば、基本的には一時的に改善するケースがほとんどです。そのうえで、我慢はせずにCAに申し出て対応してもらいましょう。もちろん、旅行前に体調が悪ければかかりつけ医に相談し、飛行機に搭乗する前には心臓トラブルや治療歴があることを航空会社にきちんと伝えておくことが大切です。

 もうひとつ、機内では節度のある行動を心がけてください。海外旅行などで長時間のフライトになると、機内ではさまざまな飲食物が提供されます。飲んだり食べたりすれば、それに合わせて排泄も生じます。また、なかなか寝付けないケースもあって、飲食、排泄、睡眠のペースが崩れがちになります。これは心臓にとって負担がかかる状態といえます。ですから、機内でも普段通りの生活ペースで過ごせるように自己管理することが大切で、たとえば、いきなりお酒を注文してガンガン飲み続けたり、眠るためにアルコールを流し込んだりといった行動は避けましょう。

 ちなみに、不整脈などがあってペースメーカーを埋め込んでいる人も、飛行機による旅行は問題ありません。ここ10年くらいの期間に新規で埋め込んだ、あるいは電池交換を行っていれば、不具合が起こることはなく、安心して旅行できます。

 大手航空会社でも、ペースメーカーを装着していても搭乗には問題なく事前の連絡も不要で、空港の保安検査係員にペースメーカーを埋め込んでいることを知らせるだけでよいとしています。やっと旅行にも行ける状況になってきたので、事前の点検をしっかりと行い安全な状態で楽しんできてください。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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