上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

下肢静脈瘤の新たな治療「血管内塞栓術」は確実性が高く負担が少ない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 これまで何度かお話ししているように、高齢化が加速している日本ではこれから「足の血管」の治療がますます重視されるのは間違いありません。

「歩けなくなる」という状態は、QOL(生活の質)が大幅に低下するだけでなく、健康寿命を縮めてしまいます。われわれの体の中でいちばん筋肉量が多い部位は足になります。歩けなくなって足の筋肉を使わなくなるとトータルで筋力が衰えるため、結果的に食事が細くなって全身の健康にとってマイナスになります。きちんと歩けることが健康寿命を延ばすのです。

「健全に歩ける」状態を維持するために注意したいのが「下肢静脈瘤」という病気です。国内の患者数は1000万人と推計されています。加齢、遺伝、妊娠・出産、長時間の立ち仕事などが原因で、比較的中年以降の女性に多く発症します。病気の仕組みとしては、静脈の内側にある弁が壊れてしまうことで心臓に戻る血液が逆流して足の表面近くの血管にたまり、皮膚がボコボコと盛り上がったり、むくみ、だるさ、潰瘍、歩行困難といった症状が現れます。それだけで命に関わる病気ではありませんが、見た目が気になったり、健全に歩くことができなくなれば全身の健康を害することにつながります。

 そんな下肢静脈瘤の新たな治療法として、このところ広まっているのが「血管内塞栓術」です。静脈瘤ができている血管にカテーテルを通して医療用接着剤を注入し、静脈を閉塞させて逆流を防ぐ治療法です。日本では2019年12月に保険適用となり、国内のいくつかの認定施設で実施された結果、大きな問題はないことがわかり、徐々に普及し始めています。

 これまで下肢静脈瘤の治療は、血管内からレーザーやラジオ波を照射して血管を焼いて収縮させる「血管内焼灼術」や、膨らんだ血管を壊れた弁ごと引き抜いて切除する「ストリッピング手術」などが行われてきました。ただ、血管内焼灼術は神経や皮膚が熱で損傷してしまうリスクがあり、焼いて塞いだ血管が再開通して再発する可能性も少なくありません。血管内の焼いた部分はいわゆるかさぶたになって時間がたつと吸収され、正常な状態に戻っていくのですが、処置を行った時点ではきちんと吸収されるかどうかはわかりません。そのため、時間がたって再発するケースもあり、施設によっては15~30%程度は再発すると報告されています。

 また、静脈には非常に弱い部分があり、たとえば骨盤に近いところの血管は焼灼などを行うとかえって出血トラブルを招く危険があるため、あまり深い場所の処置はできませんでした。

 一方、血管内塞栓術は静脈瘤のある血管内をエコーで確認しながら接着剤を注入して機能させなくするだけなので、確実性が高いうえに体の負担が少なく、回復も早くなります。さらに、血管内焼灼術では、静脈瘤がある血管を焼くときに痛みが出ないよう血管の周囲に局所麻酔薬をしみ込ませる必要がありましたが、血管内塞栓術では血管の中に接着剤を注入するだけなので、血管の周りへの影響がなく、麻酔はカテーテルを挿入する部分だけで済みます。

 麻酔薬に対するアレルギーがある人でも、最初に注射針を刺すときに少しだけ痛みに耐えれば、麻酔なしで処置を行えるという利点もあります。

 血管内塞栓術の適応は、皮膚の変色やただれがなく、患部の血管の直径が12ミリ以下の症例に限られ、接着剤の成分に対するアレルギーがない人が対象になりますが、これまでの治療を受けられなかった患者さんにとっても“救い”になる治療といえるでしょう。

■足の専門外来を選ぶ

 血管内塞栓術を受ける場合、最初から足の疾患を専門に診る「フットケア外来」や「足疾患科」といった足の専門科やクリニックを受診することをおすすめします。順天堂医院でも、5年前から「足の疾患センター」を設置し、足病疾患治療の専門医が協力して治療に当たる体制を整えました。

 下肢静脈瘤では、悪化して潰瘍ができてしまったり、加齢現象で足が変形することで静脈瘤の症状が強くなったり、皮膚症状が加わったりといったケースがあります。そうした場合、血管外科の医師では対処できないことも少なくありません。とりあえず静脈瘤の治療だけを行い、それ以外の症状は自分の領域ではないと、患者さんを別の科に放り出してしまう可能性もあるのです。

 ですから、最初から足の疾患をトータルで診てくれる足の専門科やクリニックを選ぶべきだと考えます。近所のクリニックから紹介状を書いてもらう場合も、足の専門外来を設置している病院を希望した方が、結果として納得できる治療になることが多いと思います。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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