認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

治る認知症「正常圧水頭症」は3つの症状がみられたら要注意

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 認知症の中には、治療によって治せるものもあります。そのひとつが、「正常圧水頭症」です。

 脳脊髄液が脊髄から血管内へうまく流れず、頭蓋内にたまり、脳室が拡大する病気です。10年前にお母さん(Aさん)がこの病気と診断され、治療を受けたら症状が劇的に改善した経験を語ってくれたのは、関東地方に住む女性です。

 Aさんの物忘れが急激に激しくなったのは75歳の時。娘さんの付き添いで認知症外来で記憶力テストやMRIを受けたところ、「認知症が考えられるが、悪いタイプではない。とりあえず経過観察でいきましょう」と言われ、月1回の診察を1年間続けました。

 そんな折、娘さんが読んでいた新聞で正常圧水頭症が紹介されていました。コメントしていた医師が自宅からそう遠くない病院で診察をしていたこと、さらには物忘れの程度がこの数カ月間で一層進んだことから、娘さんが主治医に相談。紹介状を書いてもらい、その病院を受診しました。

 改めて撮ったMRIの結果からは、「確かに認知症の傾向がある。ただ、脳の萎縮はそれほどではない」。

 Aさんは「すり足」「開脚気味に歩く」といった歩行障害も抱えていました。ただ、もともと足が悪かったため、最初に受診した病院では、「足が悪いからふらついたり、転びそうになったりするのだろう」と捉えられていました。

 後で詳しく述べますが、正常圧水頭症の3大症状のひとつとして、歩行障害があります。娘さんの強い希望もあり、正常圧水頭症をチェックする「タップテスト」をAさんは受けることになりました。腰椎の間から細い針を刺し、ゆっくりと脳脊髄液を排出する検査です。検査前と比べて、検査後に症状が一時的に改善すれば、正常圧水頭症が疑われます。数日間の検査入院で行います。

 すると、検査直後は変化なしでしたが、翌日、歩き方が急激にスムーズになったのです。検査1週間後、正常圧水頭症と診断され、その後、Aさんは髄液シャント術という手術を脳神経外科で受けました。バイパスを設置して体液が本来通るべき流路と別のルートを流れる状態をつくり、脳脊髄液がたまらないようにする治療です。

 この治療で、Aさんはスタスタ普通に歩けるようになり、物忘れもなくなりました。手術から1カ月後には、娘さんと2人で紀伊半島の熊野古道をめぐるツアーにも参加したそうです。

■アルツハイマーと誤診されるケースも

 水頭症には、脳出血、脳腫瘍、頭部外傷など頭蓋内の疾患に引き続いて起こる「続発性水頭症」もありますが、正常圧水頭症(特発性正常圧水頭症とも言います)は、原因が明らかではありません。

 3大症状として、歩行障害、認知機能低下、尿失禁があります。Aさんも受けた髄液シャント術で、歩行障害は9割程度、認知機能低下と尿失禁は7割程度の患者さんで改善が期待できるとされています。

 今でこそ正常圧水頭症は「治る認知症」として専門医の間で知られるようになってきていますが、それでも高齢者に多い病気であることから、正常圧水頭症の検査をされないままアルツハイマー型認知症と誤診されていた──という話も聞きます。本当にその診断で正しいのか、状況によっては、疑いの目を持つことも必要です。

 正常圧水頭症は、症状からセルフチェックをすることができます。

・小刻みに少しずつしか歩けなくなった
・ガニ股で不安定な歩き方になった
・ふらつき、つまずき、転倒が増えた
・物忘れが急激にひどくなった
・注意力や集中力が急激に衰えた
・おしっこを漏らしてしまうことが増えた
・トイレが非常に近くなった


 正常圧水頭症では、3大症状のうち、歩行障害が先行して出やすいといわれています。また、歩行障害、認知機能低下、尿失禁は3つとも必ずすべて出てくるわけではありません。正常圧水頭症は「治る認知症」であるものの、歩行障害で転倒し骨折すれば、寝たきりになったり、別の認知症を発症するリスクも出てきます。正常圧水頭症に限ったことではありませんが、病気は早期発見が大事なのです。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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