上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心不全の「緩和ケア」はこれからどんどん進化していく

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 2018年から心不全が「緩和ケア」の対象疾患になり、近年、注目されていると前回お話ししました。心不全とは、心臓の働き=ポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなった病態で、放置して慢性心不全になると徐々に心機能が低下していき、命を縮めます。末期になると根治させる治療法はなく、呼吸困難や痛みなどの苦痛症状が現れます。

 心不全を起こす原因は、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患、心臓弁膜症、心筋症、心房細動などの不整脈といった心臓疾患の多くが該当し、高齢化が加速する日本では患者さんが急増しています。そうした状況から、かねて緩和ケアの重要性が叫ばれていました。

 とはいえ、心不全に対する緩和ケアはまだ始まったばかりで、体制が十分に整備されているとはいえません。それでも、循環器を診ている医師の中では心不全の緩和ケアを専門にする人や、緩和ケアチームがつくられるケースが増えてきています。

■心臓専門医が転身するケースも

 それまで大学病院などで心臓血管外科や循環器内科を専門にしていた医師が、後々は慢性心不全の患者さんの在宅医療や緩和ケアを中心に診ようと、比較的若い50代くらいから“転身”する人もいます。現在、日本における心不全の患者さんは約120万人、2030年には130万人を超えると推計されているように、患者さんが急増していることが一因です。

 前回お話ししたように、心不全に対する緩和ケアは、患者さんのQOLの維持・向上のためにどのような医療が有効かのエビデンス(科学的根拠)がまだ少ないのが現状です。そのため、がんの緩和ケアとは違って、状況に応じてどんなケアを行えばいいのかなど、具体的な方法がきちんと固まってはいません。ただ、それまで心臓の治療を専門にしていた医師が緩和ケアを行うようになっていけば、どんどんデータが増えていき、より有効な対応が構築されていくでしょう。

 たとえば、身近な問題として自宅での食事をはじめとした栄養管理が挙げられます。心不全が進行すると、食欲がなくなって食事量が減ってしまいます。心機能が低下して血液を肺に送る力が衰えることで、腸管に血液がたまってむくみが生じ、腸の動きが悪化するためです。

 また、肺での酸素と二酸化炭素のガス交換が阻害されることで呼吸障害や倦怠感が生じ、これも食欲不振につながります。

 食事が減って栄養状態が低下すると、全身の筋肉量が減少します。そうなると血圧の調節力が低下し、重要臓器への血流確保を優先することから心臓の負担が増大するうえ、加えてほかの臓器にも障害が起こります。心不全の患者さんに栄養障害や体重減少を認める状態は「心臓悪液質」と呼ばれ、その終末像がサルコペニアで、予後が悪くなることが知られています。逆に心不全の患者さんに栄養介入を行うと、死亡率や再入院率が低下したという報告もあるように、心機能を低下させずQOLを維持するためには、食事=栄養がとても重要なのです。

 ただし、塩分を取り過ぎると心臓に負担がかかるため、心不全では塩分制限も大切になります。かといって過剰に塩分を制限すると食欲を低下させてしまうリスクもあるので、栄養管理には注意が必要になります。

 このように、単純なフレイルやサルコペニアとして患者さんの全身状態を捉えるのではなく、心不全による低栄養という観点から診ることができる心臓の専門医が緩和ケアを行うケースが増えれば、心不全の緩和ケアはどんどん進化していくはずです。

 医療機器の進歩も心不全の緩和ケアをより発展させるでしょう。たとえば、患者さんにGPSを搭載したウエアラブルデバイス(手首、腕、頭などに着けるコンピューターデバイス)を装着すれば、患者さんの生体情報や活動情報をモニターすることができます。食事量と体重を見て栄養状態を把握したり、活動範囲から現在の全身状態を推察できます。筋肉量を測定すれば、心機能低下の度合いもわかります。そうしたさまざまな情報をもとにして、ケアや管理の方法を変えていくのです。

 心不全の患者さんが増え、緩和ケアを行う医師が増えていけば、それに対応する医療機器や医薬品を開発・販売する企業も増えていきます。そうなれば、さらに心不全の緩和ケアが進歩するのは間違いありません。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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