Dr.中川 がんサバイバーの知恵

高橋幸宏さんは70歳で他界…脳腫瘍は原発性の方が転移性より手術が難しい

高橋幸宏さん
高橋幸宏さん(C)日刊ゲンダイ

 YMOのメンバーでドラマーの高橋幸宏さんが70年の生涯を閉じたと報じられました。大ヒットした「ライディーン」の作曲を手掛けたほか、ファッションリーダーとしても有名で、若いころは私もその着こなしをまねたものです。

 死因は、誤嚥性肺炎といいます。病気や加齢などで飲み下す機能が衰えると、水や食べたものなどが誤って気管に落ちることがあります。それで生じる肺炎です。

 振り返ると高橋さんは2020年に断続的な頭痛から脳腫瘍が判明。手術で切除しています。しかし、推測ですが、早過ぎる最期は、脳腫瘍の影響があったかもしれません。

 脳腫瘍は、原発性脳腫瘍と転移性脳腫瘍に分けられます。転移性は、ほかのがんから転移したタイプです。報道された経過からみると、原発性でしょう。

 脳腫瘍は、ほかのがんのようにステージ分類がなく、悪性度で評価します。良性はほとんどが悪性度1で、脳を覆う髄膜にできる髄膜腫や下垂体に発生する下垂体腺腫など。良性なら手術で切除すれば、再発はまれです。

 2~4が悪性の脳腫瘍になります。数字が大きいほど性質が悪いのですが、そもそも原発性は転移性に比べて治療が難しいことが珍しくありません。

 原発性は、脳組織との親和性が高く周りに染み込むように浸潤します。一方、肺がんや乳がんなどから脳に転移するケースは、肺や乳腺などの“本籍”と“引っ越し先”である脳の神経細胞とは性質が異なるため、正常な脳組織との間に明瞭な境界ができることが一般的です。

 原発性は境界が不明瞭ゆえ、手術などが難しいのに対し、転移性は境界が明瞭なので手術なども対処しやすい。さらにガンマナイフという放射線はピンポイント照射が可能。手術と同等の治療成績ですから、転移性の治療はこれがゴールドスタンダードで完治する例も出てきています。この違いはとても大きい。

 高橋さんは21年6月、「まんまと嫌な予感が当たり、また別の治療始めます」とSNSに投稿。原発性の特徴や、「(手術後は)復帰に向け度重なる治療と入退院を繰り返しながらリハビリに真摯に向き合ってきました」という妻・喜代美さんのコメントなどから推察すると、再発したのかもしれません。

 脳腫瘍によって迷走神経などが障害されると、嚥下機能が障害されるため、誤嚥が起こりやすくなりますから。全摘が難しい脳腫瘍が、偉才の命を奪ったことは残念でなりません。ご冥福をお祈りします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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