上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

動脈硬化を予防するには「脂質」のコントロールが最重要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 昨年7月、日本動脈硬化学会が制作する「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」が5年ぶりに改定されました。同ガイドラインはもともと1997年から「高脂血症診療ガイドライン」として発表されていたもの(2007年に現在の名称に変更)で、動脈硬化のリスクを包括的に管理することで、動脈硬化性疾患の予防を目指しています。

 これまで何度かお話ししてきたように、心臓から送り出される血液を全身に行き渡らせる役割を担う動脈が硬くなって柔軟性がなくなった状態が動脈硬化で、狭心症や心筋梗塞、大動脈解離、大動脈弁狭窄症といった心臓疾患をはじめ、脳梗塞や脳出血といった命に関わる深刻な病気の大きなリスク因子になります。

 動脈硬化は、加齢に伴う血管の老化に加え、高血圧や高血糖によっても進みますが、最も大きな原因は「高コレステロール=脂質異常症」です。今回のガイドライン改定でもやはり脂質管理が重視されていて、「非空腹時のトリグリセライド(中性脂肪)基準値の設定」や「糖尿病患者におけるコレステロール管理目標値の厳格化」などが盛り込まれています。

 脂質には大きくLDLコレステロール(悪玉コレステロール)、HDLコレステロール(善玉コレステロール)、トリグリセライドの3つがあり、いずれかが基準値から外れている場合に脂質異常症と診断されます。血液中の脂質が過剰に増えると、動脈の内膜にLDLコレステロールなどの脂質が蓄積し、プラークと呼ばれる塊ができます。そのプラークが大きくなって血管内を狭くしたり、破綻したことで作られた血栓が詰まって血流が途絶えると、心筋梗塞や狭心症を引き起こすのです。また、血栓が脳の動脈や頚動脈に詰まると脳梗塞が起こります。

■日本人は高コレステロール体質が多い

 動脈硬化を予防して命に関わる病気の発症リスクを下げるために、いまの中高年が最も重視しなければならないのがコレステロールの管理です。日本では、2000年を境にコレステロール値が高い人の割合が急速に増えていて、総コレステロールの平均値が欧米の水準以上に高くなっています。いまが働き盛りの40~50代の中高年の血液検査と、現在80~90代の高齢者が働き盛りだった40年ほど前の血液検査の結果を比べてみると、いまの中高年はとりわけLDLコレステロールの数値が高いのです。

 1945年の終戦前後に生まれた人たちは、戦後の食生活や生活習慣の変化によって、体質が高コレステロールに傾きました。さらに“島国”である日本では、そうした高コレステロール=動脈硬化体質を持った人同士が一緒になるケースも多く、高コレステロール=動脈硬化の家系ができやすくなります。

 そうした環境では、1970年代のアメリカで心筋梗塞による死亡が急増したように、高コレステロール=動脈硬化体質の人たちが自然淘汰される状況が訪れても不思議はありませんでした。

 しかし、ちょうど同じ時期に日本の遠藤章医師が発見した「スタチン」という優秀なコレステロール降下剤が登場し、動脈硬化によるさまざまな病気の予防ができるようになりました。そのため、高コレステロール=動脈硬化体質を持つ多くの人が救われることになり、現在に至っています。

 ただ、スタチンの効果には限界があり、高齢者では対応が難しいうえ、高コレステロール=動脈硬化体質が強い人たちに対してはそれだけで抑制できるわけではありません。また、スタチンは悪玉のLDLコレステロールを減らしますが、善玉のHDLコレステロールを増やす効果は十分ではなく、中性脂肪抑制効果もないためやはり限界があります。さらに、脂質異常症が増え始めた2000年以降は、糖尿病の患者さんも増えてきたため、動脈硬化の予防には血糖の管理も重要になってきました。今回のガイドライン改定で糖尿病患者のコレステロール管理目標値が厳格化されたのも、その流れを強化した形だといえるでしょう。

 薬だけではどうしても限界があるため、動脈硬化の予防には食事の改善が欠かせません。同ガイドラインでは、動脈硬化のリスクを減らす食事として、「肉の脂身、動物性脂肪、加工肉、鶏卵の大量摂取を控える」「魚の摂取を増やし、低脂肪乳製品を摂取する」「未精製穀類、緑黄色野菜を含めた野菜、海藻、大豆および大豆製品、ナッツ類の摂取量を増やす」「糖質含有量の少ない果物を適度に摂取し、果糖を含む加工食品の大量摂取を控える」「アルコールの過剰摂取を控え、25グラム/日以下に抑える」「食塩の摂取は6グラム/日未満を目標にする」ことが推奨されています。

 すべてを完璧に実践することは困難ですが、動脈硬化体質をすでに指摘されている方にはひとつの目標となり、意識して心掛けることが健康寿命を延ばすと考えられます。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事