がんと向き合い生きていく

マスターの“説得”で命を救われた男性が今度は胃の検査で…

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「俺は上京して会社に入り、すぐこの店に通うようになった。この店は、先代から今の息子さんに引き継がれたが、このホッとする雰囲気はずっと変わらない。よくまあ40年間も、しかもずっと同じボトルで、同じグラスで歓迎してくれたものだ。うれしいよ」

 Sさんの話は続きます。

「俺にとって、ここは命の源、特に先代のマスターは命の恩人だよ。15年も前になるかな。ここでウイスキーを飲んでいて、胸の真ん中にしみるような痛みがある気がしたことがあった。マスターは、病院に行くようにってうるさく言ってくれた。俺はきっと大丈夫だと病院に行かないでいた。マスターは本当に怒り出して、『病院に行かなかったらここは出入り禁止だ!』と、ウイスキーは出さないとまで言った。それでしぶしぶ病院に行ったら、食道がんだった。でも、大手術ではなくて内視鏡でがんを切り取れた。助かったよ。食道がんは、症状があった時はすでに進行していることが多いらしいけど、俺は内視鏡の治療で7日間だけの入院で終わった。それで今でもこうして飲んでいられる。あの時、ここに通うのを1カ月休んだが、その時だけだ。ここのマスターは、息子さんを残して先に死んじゃったけど、俺の恩人だよ」

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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