友人から紹介された大学生のB君から、こんなお話を聞きました。
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私の祖父(73歳)は元気で、長く自宅にひとりで暮らしていました。毎朝、ラジオ体操を欠かさず、図書館に通い、近くに住む娘にあたる私の母と、孫の私とはよく連絡をとっています。
一昨年4月、市の健康管理センターの健診を受けたところ、「要精密検査・肺」との報告が届きました。その知らせの手紙を持って5月にA病院を受診し、その10日後には気管支鏡検査のために入院しました。
無事に検査は済み、自宅で組織検査の結果を待っていたところ、その頃から左腰の痛みが出てきて、歩く時は痛みをこらえている感じでした。結局、診断で「小細胞肺がん 腰椎転移」と分かり、入院治療となりました。
点滴で抗がん剤治療を5回行い、腰部への放射線治療が行われました。その結果、腰の痛みは消え、8月初めに退院します。その時に、担当医から次のように言われました。
「放射線治療と薬がよく効いて、がんは落ち着いています。それでもステージ4の進行がんなので、もしかして今が一番良い時かもしれません。再発すると、今度は厳しくなると思います。旅行など、今のうちに行けたらよいと思いますが、何しろコロナが蔓延していますので、むしろ、自宅でのんびりされるのも方法かと思います」
祖父は「分かりました。ご親切にありがとうございました」と答えていました。
退院後の祖父は普通に歩けるようになり、元気でした。12月のある日、祖父から母と私にメールがありました。
「どうしても見ておきたいと思って、東尋坊、永平寺を回る福井の旅行を申し込みました。もう旅費も払ってあります」
しかし、母は旅行に反対し、祖父、母、私の3人で話し合いました。その結果、旅行には私が行くことになり、旅行先から、随時、スマホで撮影した動画を祖父に見てもらうことになったのです。
■旅の様子をスマホで報告
予定通り、福井駅から、とても広く立派な永平寺、道中の食堂でうどんを食べているところ、泊まった宿のカニが出た食事で満足している様子、その翌日に訪れた東尋坊の断崖などを、祖父に実況して報告しました。
翌年2月、定期の病院診察ではCT検査で再発はなく、担当医から「このまま治まってくれるといいですね」と言われました。祖父が「福井にカニを食べに、孫に行ってもらった。孫が食べてくれたのだから満足です」と話すと、担当医が「おお、そうですか。今度は実際にあなたが行けるようになるといいね」と言ってくれたと、喜んでいました。
その後、4月のCT検査と骨シンチ検査でも悪化は見られず小康状態でした。しかし、6月のある日、ふらつきと目が回る感じがあって受診すると、脳に転移していることが分かり、3回目の入院となりました。ベッド安静、移動する時は車いす生活となり、放射線の全脳照射と抗がん剤治療が行われ、50日間入院しました。
入院中、私は医師の説明を聞きに2回だけ病院に行きました。しかし、医師からの説明を受ける場所は病棟の入り口に用意されている専用の部屋で、コロナ感染の心配から祖父には会えず、病室にも行けませんでした。
もちろん仕方がないことなのですが、ふと、代理で福井を旅行した時、祖父にいろいろな状況をスマホを使って報告できて良かったなと思いました。まだスマホがそれほど普及していない10年ほど前だったら、それもできず、祖父に喜んでもらうこともなかったでしょう。祖父の脳転移がわかって、どうなるのか、もうダメなのか……と心配しましたが、現在はだいぶ良くなって退院し、ふらつきもなくひとりでそれまで通りの生活ができています。ひとり暮らしに戻った祖父からのメールには、「東尋坊に、今度は自分で行ってくる。やっぱり自分でカニを食べなくちゃあならない」と書いてありました。