Dr.中川 がんサバイバーの知恵

扇千景さんが他界 食道胃接合部がんはピロリ除菌とメタボで増加

扇千景さん
扇千景さん(C)日刊ゲンダイ

 初代国交相や女性初の参院議長など要職を歴任された元国会議員・扇千景さんの訃報が報じられました。死因は、食道胃接合部がん。卒寿手前の89歳でした。

 食道と胃のつなぎ目は食道胃接合部と呼ばれます。その上下2センチの領域に発生した腫瘍が、食道胃接合部がんです。かつては、食道がんあるいは胃がんとして扱われましたが、いまはどちらとも独立した「食道胃接合部がん」として分類されています。

 消化管は、食道や胃のほか十二指腸、大腸、小腸などがあり、がんはどこでも生まれます。しかし、2つの臓器をまたいで発生するのは、食道と胃の境目だけ。それだけに国際的にも食道がんや胃がんとは分けて考えるのがセオリーです。

 実はこのがん、以前から比較的多く見つかっていた欧米に続き、国内でも患者数が増加傾向にあります。なぜかというと、胃酸の逆流が関係しています。

 ピロリ菌の感染率は元々、100%でした。それが冷蔵庫の普及や衛生面の改善、除菌治療の広がりで感染率が低下。80代で8割、60代でほぼ半数、50代で4割、20~30代は1割、そして10代は5%程度にまで減っています。

 ピロリ菌感染がなく、胃が正常になると、胃酸の分泌が増えます。これとは別に日本でもメタボ化が進み、肥満気味の人が増加したため、腹圧上昇による胃酸逆流も起こしやすくなっているのです。

 これらが重なって、胃酸の逆流が続くと、食道胃接合部の粘膜に断続的な炎症が発生。それが発がんの原因です。米国ではこのがんの増加が急ピッチで、1975年から20年間で6倍以上に。日本でも今後、胃がんが減って、食道胃接合部がんが増えるのは間違いないでしょう。

 食道の粘膜は扁平上皮で扁平上皮がんに、胃の粘膜は円柱上皮で腺がんになります。この部分にできたがんの組織を調べて、扁平上皮がんなら食道がんとして治療、腺がんなら胃がんとして治療しますが、食道側に腺がんがあることも珍しくなく、悪性度の見極めも難しいことがあります。

 ですから治療法がはっきりとは定まっていませんが、たとえば手術と判断されると、胃の上部と食道の下部を切除すれば十分で、胃がんで胃を全摘するほどの大がかりではありません。術式も、食道がんでは、右胸部と頚部、上腹部を開きますが、前述の手術なら開腹のみで、相対的に体の負担が少ない。

 抗がん剤を使うケースでは、扁平上皮がんなら食道がんの治療に準じて5-FUとシスプラチンを、腺がんなら胃がん治療に準じてTS-1とシスプラチンを使います。

 扇さんのご冥福をお祈りします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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