第一人者が教える 認知症のすべて

「認知機能の低下」とは具体的にどんな能力が低下するのか?

アルツハイマーの進行に伴い記憶障害も…
アルツハイマーの進行に伴い記憶障害も…

 認知症について書かれたものを読んでいると、「認知機能の低下」「認知機能の障害」という言葉が頻繁に出てくることでしょう。本連載でも毎回と言っていいほど登場しています。では、そもそも具体的にどういうことを指すのか?「記憶力が落ちる」くらいはすぐに出てくるかもしれませんが、それ以外はなかなか思い浮かばないかもしれません。

 認知症の症状は大きく中核症状と、行動心理症状に分類されます。中核症状は認知機能障害のこと。行動心理症状は「BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」とも呼ばれます。

 認知機能障害(中核症状)で主となるのは、記憶障害です。アルツハイマー型認知症では必ずと言っていいほど記憶障害がみられ、その前段階であるMCI(軽度認知障害)からすでにあり、アルツハイマーの進行に伴い記憶障害がひどくなっていきます。

 記憶には、言葉やイメージで表せる「陳述記憶」と、言葉やイメージでは再生されない「非陳述記憶」があります。例えば、包丁でタマネギをみじん切りしたり、自転車に乗ったりといった技術が非陳述記憶になります。

エピソードそのものを忘れてしまう
エピソードそのものを忘れてしまう(C)日刊ゲンダイ
「同じ話を何回も繰り返す」「数分前のことも覚えていない」

 陳述記憶についてもう少し詳しくお話ししましょう。陳述記憶は、「出来事記憶(エピソード記憶)」と「意味記憶」に分けられます。

 出来事記憶は、「いつ、どこで、何が」という記憶。「この前の日曜日、映画を見に行った」「今日、お昼ご飯に、カレーを食べた」「先日、近所のスーパーで、近所の人と会っておしゃべりをした」などです。

 一方、意味記憶は、知識のこと。「認知症疾患診療ガイドライン2017」では、オタマジャクシを例にして説明しています。オタマジャクシそのものを知らない人は別にして、オタマジャクシについてもともと知識を持っている人にとって、オタマジャクシという名前、その形、成長するとカエルになるといったことは、意味記憶です。

 意味記憶が障害されると、オタマジャクシが何を示す言葉かわからなくなり、実物や写真を見てもオタマジャクシと認識できなくなります。前頭側頭葉変性症の一種で脳の側頭葉前方部の限局性萎縮が生じる「意味性認知症」では、この意味記憶が徐々に障害されていきます。記憶障害があっても意味記憶が保たれていれば、オタマジャクシの知識は維持されます。

 さて、アルツハイマーの記憶障害についてですが、一般的に、出来事記憶の障害が中心です。よくされる質問に「この物忘れは、認知症によるものか、それとも年を取ったせいか」があります。認知症による記憶障害の場合、その出来事を忘れてしまう。

 すなわち「この前の日曜日、映画を見に行った」という出来事を忘れてしまう。映画のタイトルや出てきた俳優の名前を思い出せない場合は、年を取ったり忙しすぎたりすれば、認知症でなくてもよくあることです。

 アルツハイマーの記憶障害で典型的なものとしては、「発症後に起きた新たなことを覚えられない『前向性健忘』から始まり、やがて、発症前のことを思い出せない『逆行性健忘』も生じる」「数分前の出来事を覚えていないが、かなり前(若い頃など)の記憶はある」「初期では自ら思い出せなくても、言われると思い出せる」も挙げられます。

 30分ほどの電話の間に、同じ話を2回も3回も繰り返す──。そんな母親の様子が心配になり、健康診断の名目で病院に連れて行ったところ、初期のアルツハイマーが見つかった。こんな話を最近耳にしたばかり。

「物をどこに置いたか忘れてしまう」「同じ物を何度も買ってくる」「同じことを何度も聞く」。これらも、アルツハイマーの発見につながりやすい記憶障害です。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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