独白 愉快な“病人”たち

フリーアナ橋谷能理子さん 聴神経腫瘍から4年半…「下り階段は絶対に手すりが必要でした」

橋谷能理子さん(C)日刊ゲンダイ
橋谷能理子さん(フリーアナウンサー/61歳)=聴神経腫瘍

「聴神経腫瘍」は10万人に1人しかいないような珍しい病気で、一言で言えば良性の脳腫瘍です。良性とはいえ脳腫瘍ですからショックでしたが、告知から2日目ぐらいには立ち直って、聴神経腫瘍についてできる限り調べ、その方面で名医といわれる医師を徹底的に検索しました。仕事柄、調べものは苦になりませんし、落ち込んでいても治りませんから(笑)。

 始まりは2017年。雲の上を歩いているようなふわふわした感覚を四六時中感じるようになりました。よく行く近所のクリニックを受診すると、「めまいなんて誰でもあるよ」と諭されただけでした。でも、しばらくすると天井がグルグル回る激しいめまいに襲われて、近くの総合病院の耳鼻科を受診したところ、今度は「メニエール病」と診断されました。ですが、数カ月間薬を飲んでも改善なし。それで、メニエール病の専門病院に行ってみたのです。すると、「メニエール病ではない」との診断が下りました。

「違う」と言われたことをメニエール病と診断された総合病院に伝えると、「ではMRIを撮ってみましょう」という運びになり、18年、右耳の後ろ辺りに1.7ミリ大の「聴神経腫瘍」が見つかりました。

 その頃はテレビ局の廊下はいつも壁伝いに歩いていましたし、下りの階段は絶対に手すりが必要でした。電車のホームでは、ふらついて線路に落ちないようにホームの真ん中を歩くほど。でも、緊急性がないために「様子をみましょう」と言われてしまったのです。

 聞けば良性でも1年に2ミリずつほど大きくなるらしく、自分としては「もう様子をみている場合じゃない」と感じました。それで、日本で3本の指に入るといわれる脳神経外科医を調べあげ、順番に会いに行ったのです。

 聴神経腫瘍の治療は大きく2つあって、1つは開頭手術で腫瘍を切り取る方法。もう1つはガンマナイフで腫瘍を壊死させる方法です。1人目の先生からはガンマナイフを、2人目の先生からは開頭手術を勧められました。

 どうしようかと思って3人目の先生に会いに行くと、初診にもかかわらず1時間たっぷり説明をしてくれました。そして、言い方は違ったかもしれませんが、「僕が治します」と言い切るような言葉をくれたのです。医師がそんなリスクのある言葉を使うのは珍しいので、信頼できると思い「この先生に任せよう」と決めました。

 主治医となったのは東京女子医科大学病院の脳神経外科医で、ガンマナイフにおける日本でトップクラスの名医といわれる林基弘医師です。というわけで、私はガンマナイフでの治療をすることになりました。

 ナイフといっても放射線治療です。約200本の弱い(細い)放射線をいろんな角度から集中照射して、腫瘍を壊死させるのです。開頭手術の場合、周囲の神経を傷つけたら障害を負う可能性がありますが、ガンマナイフは0.1ミリという精度で周囲の神経を傷つけずに腫瘍にアプローチする治療法です。ただ私の場合、脳幹という脳の大事な部分に若干食い込んでいたので大変だったようです。

 頭が動くことも許されないため、頭の四方に穴を開けて金属のフレームを付けました。この段階が一番手術っぽかったと思います。照射はMRIのような筒状の機械の中に寝たまま入って、たった1回だけ。なんの感覚もありませんでした。そして、これがなんと日帰り手術で、翌日には大学で授業をしました。

■右耳に難聴と耳鳴りが残っていても不自由は感じない

 5年無事なら一安心といわれる中、今は4年半が経とうとしています。術後は徐々にめまいがなくなり、ふわふわした感覚も取れました。一時期は、プールで耳に水が入ったときのように自分の声がこもって変に聞こえる症状に悩まされましたが、それもネットで調べたはぎの耳鼻咽喉科に半年間通って治りました。

 ただ、右耳には中程度の難聴と、24時間やむことのない耳鳴りが残っています。それでも慣れてくるもので、今は不自由というほどの不自由は感じていません。

 珍しい病気は情報が少ないので、少しでも誰かの役に立てたらいいなという思いで経過をブログにアップしていきました。意外にも多くの人が見てくださったようで、検診で病院に行くたびに「橋谷さんのブログを見てこの病院に来ました」と声を掛けられるんです。病気が縁で新しい人脈ができ、活動の幅も広がりました。

 病気をしてわかったことのひとつは、本当に大事な人と、そうでもない人がはっきりしたこと。意外な人が親身になって心配してくれたり、仲良しだと思っていた人がそうでもなかったり……。病気はリトマス試験紙みたいだなと思いました。

 それから街を歩いて思うことは、見た目は普通でも病気を抱えながら仕事をし、生活をしている人がいるのだということ。私も他人から見たら健康に見えるはず。外見からはわからないことに想像をめぐらす力が身についた気がします。

(聞き手=松永詠美子)

▽橋谷能理子(はしたに・のりこ) 1961年、香川県出身。テレビ静岡のアナウンサーを経て、テレビ朝日系「ニュースステーション」やTBS系「サンデーモーニング」などでキャスターとして活躍。現在は東京女子大学で非常勤講師を務めるほか、カルチャースクールの朗読講座を担当し、定期的に「朗読ライブ」を開催している。5月18日(木)には文化放送「くにまる食堂」(11~13時)にゲスト出演予定。音声メディア「Voicy」で毎週火・土曜の朝7時から「橋谷能理子のニュースなつぶやき」を放送中。

■本コラム待望の書籍化!愉快な病人たち(講談社 税込み1540円)好評発売中!

関連記事