老親・家族 在宅での看取り方

90歳のがん患者「長生きの家系なので治療しなくてもいいだろうって」

写真はイメージ
写真はイメージ

 患者さんが自分の病気と向き合うという行為は、当然ながら患者さんにしかできません。健康だった時には想像もしなかったことに遭遇し、混乱したり悲嘆に暮れたりする日もあるでしょう。

 またこれまでの人生を落ち着いて振り返り、自分の強さや弱さに気付いたり、ご家族の愛に改めて感謝の念を抱き穏やかな境地になる方も。その患者さんのキャラクターによって大きく異なるものです。

 病気は患者さんにとって、自分の人生や生活をいやが応でも振り返る大きなきっかけになるものなのです。そんな患者さんに寄り添い、自宅でともに病気と向き合うお手伝いをするのが在宅医療の本分と心得ています。

 90歳の男性は、膀胱と肝臓のがんを患っていました。通院しながら化学療法を5回終了。6回目の直前、自宅で転倒し圧迫骨折。それにより入院したため、化学療法は断念したとのこと。

「骨折は良くなったけど帯状疱疹になったんですね」(私)

「そうです」(妻)

「わかりました。骨折の方は治ってきたと思うんですけど、帯状疱疹や血栓の方でも困りごとがあれば、私たちでお薬を出せますので」(私)

 患者さんもご家族も、初めての在宅医療に戸惑うのは当然。可能なサポートの内容をまずはご説明することからスタートしました。

「お酒、たばこはどうですか?」(私)

「酒は若い頃は飲んでいたけど飲まないんです」(患者)

「今だって飲んでるでしょ」(妻)

「あんなのお酒の部類にならないよ。おちょこ1杯くらいだもん」(患者)

「大酒飲みではなかったんですね、おたばこは?」(私)

「吸ったことないです」(患者)

「今はこの階に奥さまと住んで、下の階には息子さんが住んでらっしゃる?」(私)

「2世帯です」(患者)

「他にご家族はいらっしゃるんですか?」(私)

「日本にはいないです。娘が海外に」(患者)

 在宅医療なら生活スタイルが制限されることも最低限で、患者さんが好きなように気兼ねなく生活できる--。こうお伝えすると自然と和やかなムードに。

「最初は膀胱の手術を2回して。その後に腎臓がんができちゃって、年齢もあるから手術はしない方がってことで、点滴の抗がん剤をしたんですけど、副作用が結構あって、つらいのでやめたんですよ」(妻)

「そういう判断もいいですね」(私)

「長生きの家系なので治療しなくてもいいだろうって」(患者)

「血栓があるのでそれが飛ぶと怖いってことで、どうしますかって先生にも聞かれたんだけどもういいですって」(妻)

 会話の中で繰り返される質問は、患者さんとご家族が改めて病気に向き合うきっかけとなります。そしてそこには在宅医療ならではのインフォームドコンセントがあるのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

関連記事