医療だけでは幸せになれない

「原因」と「結果」で考える社会の落とし穴…マスクの効果における病態生理と統計学的事実

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 今回は非感染者のマスクの効果について、同じように病態生理と疫学的事実で考えてみる。新型コロナ感染症はエアロゾル感染によって広がるということがわかっている。エアロゾルとは空気中を漂うウイルスを含んだ粒子である。

 この粒子は不織布マスクをすり抜ける大きさでもある。そのような情報が流れると、マスクなんて無駄だと考える人が多いかもしれない。しかし現実はそうでもない。コロナを含むエアロゾルがマスクをすり抜けるから感染するというのは病態生理学的に考えるアプローチだが、これは感染する状況、メカニズムの一部を説明しているだけで、原因と結果を示しているわけではない。しかし、多くの人がこれを原因と結果であるかのように受け止める。

 この背景には、さまざまな出来事を原因と結果で説明しようとする社会がある。病態生理によるメカニズムの説明は、因果関係で説明しようとする今の世の中と相性が良い。たまにしか見ないテレビでも、ありとあらゆる番組で原因と結果を扱っている。ちょうど今たまたまついているテレビで、深海魚の形態をすべて原因と結果で説明している。目が巨大化することで暗い深海でもエサをとらえやすくなっていると。雑誌の記事も、ネット上の情報も同様だ。

■「わかりやすい」は真実ではない

 その代表は二酸化炭素排出による地球温暖化だろう。二酸化炭素排出の増加が原因で温暖化する。多くの人がそう考えている。二酸化炭素には熱を空気中にため込む温室効果がある。その温室効果により気温が上昇する。わかりやすい説明だ。しかし、これはわかりやすいというだけで、この関係が因果関係かどうかは実のところよくわからない点も多い。しかし、わかった部分だけで因果関係を説明してしまう。

 少し考えればわかることだが、地球上でのエネルギー消費は最終的には熱の放出につながる。エネルギー消費が増加すれば地球は温暖化する。しかしこうした情報はあまり聞いたことがない。消費エネルギー全体が減れば温暖化を予防できるというのも、二酸化炭素排出制限と同様に有効な対策と思われるが、そういう議論はあまり聞いたことがない。ここにも、メカニズムや因果で説明することの危険があらわになっている。

 現実に起こっていることは複雑である。多数の原因と、考えられる因子と、それに伴って起こってくる多数の結果が絡み合っている。そのほんの一部を取り出して、これが原因でこれが結果だということはたやすい。たやすいうえに、そういうわかりやすい話にすれば多くの人が信じやすい。

 話をマスクによる感染予防に戻せば、コロナの感染はエアロゾルだけでなく、飛沫感染も重要な要素である。不織布マスクがエアロゾルを通すとしても、飛沫の大部分を防ぐとすれば、その分の予防効果は十分期待できるだろう。あるいはマスクをすることで鼻や口を触ることが少なくなれば、手についた飛沫による感染が予防できるかもしれない。

 感染に関わる病態生理、メカニズムをひとつに絞って取り上げれば、いくらでもウソがつける。

 エアロゾルはマスクを通過するという情報は、個々の情報としては間違ってはいない。しかし、感染予防全体の中でどういう効果をもたらしているかは、この情報だけでは決してわからない。個々の因果モデルをいくら積み重ねたところで、全体像が見えてくることはない。予防効果全体という視点で見た時に、マスクをつけている人とつけていない人で、それぞれの感染率がどう異なるかという情報がどうしても必要だ。疫学的、統計学的な情報ということである。しかし、その統計学的情報にもさまざまな問題がある。そういう意味では、病態生理やメカニズムの情報はダメで、統計学的情報ならよいということではない。

 次回からは、主に医学に関する統計学的情報の正しさ、統計学的情報の問題点について、しばらくの間、取り上げていく。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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