独白 愉快な“病人”たち

「眼科医に驚かれた」格闘家の才賀紀左衛門さん若年性白内障を振り返る

格闘家の才賀紀左衛門さん(C)日刊ゲンダイ
才賀紀左衛門さん(格闘家/34歳)=若年性白内障

 活躍していた当時は、試合ではダウンしなかったんです。でもあるときからよく倒れるようになった。年齢でいえば26~27歳ごろです。絶対に勝てると思っていた相手にノックアウト負けしたとき、正直「うそやろ?」と思いました。こんなこと言ったら失礼ですけど、このレベルに負けるのはやばいなと思ったのが、眼科を受診したきっかけです。「倒される」ということは「相手との距離が見えていない」ということですから。

 知り合いに紹介してもらった眼科で診てもらったら、「こんな目で試合してたの? この目じゃ反応できないよ。手術しなきゃ無理」と言われました。「白内障」の中でも重症の部類と診断され、ここ1~2年ではなく、だいぶ前から始まっていたもののようでした。白内障は目の中の水晶体が白く濁ることで視機能が低下する病気で、物がぼやけたり、光がまぶしく感じる症状があります。

 振り返れば、練習のときからなんとなく違和感がありました。でも、気持ちの問題だと思っていたんです。当時、プライベートでもいろいろあって忙しかったし、年齢的なこともあるかな、とかね。気づかないくらい少しずつ進行するので、試合で倒されることが多くなるまでわかりませんでした。

 手術以外の治療法も聞きました。でも早くちゃんと見える状態になりたかったので、手術を決断しました。なにしろ視力検査をしたら0.1とか0.2だったんです。自分ではめちゃくちゃ目がいい人生を歩んできたので「うそや~」ってショックを受けました。

 手術は2022年3月でした。日をあけて片目ずつ、計2回。リクライニングシートのような椅子にあおむけに寝て、麻酔の目薬をさされて、効いてきた頃にまぶたを機械で引っ張られて強制的に開きっぱなしにさせられるんです。その後、濁った水晶体を吸い取って、人工レンズに置き換えて終了です。時間にしたらほんの数十分ですけど、めーっちゃ怖かった。これまで試合や練習のケガで前十字靱帯や腰、肩など何度も手術してきましたけど、ダントツで怖かったです。もう二度とやりたくないと思っています(笑)。

■格闘技をやるにはベストな目になった

 原因はやっぱり殴られるからでしょう。強い光や過度な振動も原因のひとつらしいです。若干、母親からの遺伝もあるかもしれませんけど。

 人工レンズは焦点をどこに合わせるかを指定できるので、自分は試合のときに相手との距離感がクリアになるようにしてもらいました。狙い通り、格闘技をやるにはベストな目になったんですが、じつは日常生活では少し違和感があります。近くのものが見えにくい。

 あとから別の眼科医と知り合いになって聞いたら、もっといい状態にできたことを知り、ちょっとだけ後悔しました。主治医に対してではなく、焦って決めてしまった自分にです。主治医はとても優秀な先生で、バッチリ格闘技ができる目にしてもらったのでありがたく思ってます。新たな眼科医に「今からでも手術はできる」と言われましたが、もう二度と手術はイヤなんで(笑)。

 いろいろ含めていい経験をしました。これで、同じような人がいたらアドバイスできるじゃないですか。目の大切さや、焦らないでよく調べることも必要だってね。

 白内障を経験してから、朝、目の運動をするようになりました。顔を動かさないように目だけを左、上、右、下へとぐるっと何周かしたり、ペンを左右に大きくゆっくり動かして、それを目だけで追ったりする運動です。以前、誰かに聞いたことがあったので、一応先生に相談したら「やった方がいい」と言われたので続けています。

 肝心な試合はまだできていません。やりたいと思っています。じつは白内障の手術をするとボクシングはダメみたいなんです。ただ、キックボクシングと総合格闘技はOKなんですって。おかしな話ですよね。でも、自分にとっては白内障で引退にならなくてよかったです。

 最近になってつくづく自分は純粋に格闘技が好きだと感じています。一時は格闘技から目を背けて、小銭稼ぎに走った時期がありました。支えてくれた人を裏切って楽な方に逃げていたんです。そうすると、集まってくる人間もそういう感じの人が多くなって、ずいぶん目標を外れてしまいました。そのときはそれがいいと思っていましたが、今思うと薄っぺらでした。自分は“痛い経験”をしないと学べないやつなんです。遠回りをしましたが、今はコツコツ再構築していて、すごく忙しいけど楽しい日々。周りの環境が過去一良いと思っています。

 総合格闘技は50歳になってもできると思っていますし、自分は指導者としても優秀になりたい。じつは現在、ジム開設に向けて計画を進めています。過去の反省を含めて、これからは「自分にウソをつかない」をテーマにしっかり格闘技と向き合っていこうと思っています。 (聞き手=松永詠美子)

▽才賀紀左衛門(さいが・きざえもん) 1989年、大阪府出身。幼稚園から空手を始め、2007年に上京して大誠塾に入門。第1回K-1甲子園U-18日本一決定トーナメントに出場する。キックボクサーとして活躍後、14年に総合格闘技デビュー。19年末ユーチューブチャンネル「Kizaemon Saiga才賀紀左衛門」開設。


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