K値が示す驚愕の事実と日本が感染爆発を起こさない新仮説

京大ウイルス・再生医科学研准教授の宮沢孝幸氏(C)日刊ゲンダイ

(宮沢孝幸/京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)

 私は今月12日に大阪府の新型コロナウイルス対策本部専門家会議に出席した。そこでは大阪大学核物理研究センターのセンター長である中野貴志教授と私が専門家会議のオブザーバーとして呼ばれた。中野教授は、感染指標として新たに「K値」という指標を発案した先生である。私はその会議で中野教授の説明を聞き大きな衝撃を受けた。それはなぜか。

■3月中旬までの行動変容で事足りていた?

 会議では「ピークアウトの時期」が大きな議題となっていた。実はこれは既に明らかになっていて、3月28日ごろである。しかし、「K値」は驚くべきことを我々に示したのである。

 3月初旬から下旬にかけて感染者は急増していた。これは実は欧州からの帰国者による「第2波」によるものであった。この第2波は、K値を見る限り、3月15日の時点で既に収束へ向かう兆候は見られていたのだ。第2波の流行と収束は、感染拡大の初期段階で規定されていたというわけである。

 今回の新型コロナウイルスは、国内においては、自然に収束するようになっている。K値の推移については、まるで金太郎飴のごとく全国一律である。大都会でも地方都市でも同じなのである。混んだ通勤電車などの大都会の特殊事情の影響も見られない。

 このK値の発見は物理学者ならではの成果であったが、新型コロナウイルスに関する限り、大きな武器となる。感染の流行が始まってしばらくして、データが集積すれば、大まかなピークと収束までの時間が見えてしまうのだ。野球に例えると、まるで打った瞬間にボールが到達する地点を即座に察知し移動する優秀な外野手のような存在だ。

 今回、大阪府の専門家会議の論点は、緊急事態宣言後の追加の自粛要請は有効であったかである。北海道大学大学院の西浦博教授のデータを読み取る限り、私もそれは否定せざるを得ない。3月中旬以降、自粛要請による行動変容はあったように思えるが、その効果も見られない。これはつまり、3月中旬時点での自粛で事は足りていたということを意味する。ただし、私は自粛の効果がないと主張しているわけではない。マスクなしで近距離で会話したり、歌を歌ったりするのは、大きな感染リスクを伴うので、その自粛は必要である。しかし、それ以上はあまり意味がないということなのだ。

■自然免疫で勝てる

 なぜ日本では感染者が爆発的に増加せずに収束するのか? これを解くカギは、私は「感染成立ウイルス量」と「自然免疫」だと思っている。

 まず、知って欲しいことは感染に必要なウイルス量である。全ウイルス粒子の一部が感染性を持っており、個体に感染するには、一定量以上の「感染性ウイルス」が必要なのである。

 一言で「感染」というが、定義は難しい。今回の場合、鼻咽頭のサンプルを採取して、そこにウイルスのRNA(遺伝物質)が検出されれば、ウイルスに感染したと見なされる。

 新型コロナの侵入門戸は粘膜である。少量のウイルスが粘膜について、多少増殖しても局所でウイルス増殖が鎮圧されれば、「感染はしなかった」ということになる。むろん、抗体も誘導されない。しかし、実はこの時でも、生体は免疫反応を起こしている。それは自然免疫である。

 自然免疫は、さまざまな病原体を「パターン認識」して、抗ウイルス物質を誘導して、生体を抗ウイルス状態に導く。抗ウイルス状態は、ウイルスが体から完全にいなくなってもしばらく続く。

 今回のウイルスは、ぎりぎりのところで人から人へと飛び移りながら、生きながらえている。ウイルスが体外に一定量以上出ていかないと次の個体に乗り移ることができない。私が「100分の1作戦」を提唱するのも長年ウイルスを研究し、その弱点を知っているからだ。

 感染が流行している時、ウイルスは市中に拡散しているのであろう。私たちは検出感度外での見えない感染によっても、体は抗ウイルス状態になり、感染に必要なウイルス量の閾値も上がる可能性がある。新型コロナウイルスは、マスクや手洗いの励行によって、次の人に感染しにくくなっている。自然免疫により閾値も上がるとなると、ウイルスもお手上げなのである。

 これはあくまで仮説であるが、自然免疫により、新型コロナの感染拡大が抑えられるのだとしたら、新たな戦略が生まれる。自然免疫を人為的に高めればいいのだ。

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※「K値」とは…大阪大学の中野貴志教授と九州大学の池田陽一准教授が提唱している新型コロナウイルス感染症の感染動向を予測するための新たな指標。その値は、直近1週間の新規感染者数を累計感染者数で割ることで得られるという。西村康稔・新型コロナ対策担当大臣が先月17日の会見で「参考にしたい」と述べ、注目された。K値を求めることで日々の感染者数の増減に惑わされずに感染傾向を捉えることができるとされている。

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