実に厄介な病気だ。交通事故や脳卒中等が原因で脳に障害が起こり、症状(記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、認知障害等)は多岐に及ぶ。
3年前の8月30日、東京・北千束でレストランを営むマラカール・ビカスラルさん(49)はバイクで走行中、交通事故に遭い、「東邦大学医療センター大森病院」に搬送された。
13日間入院。「MRI(磁気共鳴画像)」や「SPECT(放射断層撮影)」、「神経心理テスト」等の精密な検査を受け、「高次脳機能障害」と診断された。
「ネパールから日本に来て24年になりますが、交通事故は初めてでした。後ろから車にぶつけられたのです。交通外傷、左膝靱帯損傷のケガを負いましたが、もうひとつ、『高次脳機能障害』とも診断されたのです。病気と関係のない話かもしれませんが、私が交通事故に遭ったその日、ネパールにいる父が亡くなりました」
医学的には「高次の脳機能の障害」ともいわれる。
見た目は健常人であるために、外からはわかりにくい。しかも、自覚症状が薄いため“隠れた障害”ともいわれている。
■粗暴になり、家までの帰り道もあいまい
マラカールさんはもともと温厚で、優しい性格だった。暴力も振るったことがない。
ところが交通事故に遭ってから、怒る、笑うといった感情のコントロールができなくなった。
めったに夫婦喧嘩もしたことがなかったのに、ささいなことで大声を上げる。工務店に依頼した店の内装をめぐって職人と言い争いになり、手にナイフを持つこともあったという。
記憶が曖昧で、明日の予定をすぐ忘れてしまう。人の名前や作業の手順が覚えられない。自分の意思を満足に伝えられなくなった。
「店の仕事は店員に任せるようになりました。帰り道がわからなくなってしまうから、遠出もできません。見た目、そんな病気を持っているようには見えないでしょう? だから、余計に困るのです」
毎月1回、東邦大学大森病院でリハビリを受け、現在も毎日、精神安定剤や睡眠薬など4種類の薬を服用している。
交通事故から3年。少しずつ回復に向かっているが、元に戻るまで相当に厳しい。
「一番困ったのは、パソコン操作ができなくなったことでしょうか。手順がわからなくなっているのです」
また、手に持つボールペンがインク切れを起こしたとき、「なぜ切れてしまったのか」を考え、眠ることができなくなる。そのために病院から睡眠薬をもらっているのだ。
当初マラカールさんは、診断された病名がよく理解できず、日常生活や仕事に復帰して初めて「高次脳機能障害」のつらさを体感したという。
現在、「身体障害手帳」が交付され、さまざまな援助を受けているが、「昔のような元気な体に早く戻りたい」と、期待を抱いている。
患者に聞け