心臓病の患者さんは、他に何らかの病気を抱えている人が圧倒的に多く見られます。65歳以上の高齢者になると、合併症がない患者さんはほとんどいません。とりわけ高血圧や動脈硬化、糖尿病といった生活習慣病は、心筋梗塞、狭心症、弁膜症、大動脈瘤などの心臓病を引き起こす危険因子なので、抱えているのが当たり前ともいえます。
合併症がある患者さんに対しては、心臓手術を受けた際、たとえば糖尿病でインスリン治療を受けているとどれぐらいリスクがアップするのかなど、解析データが細かく出ています。1万~10万例ほどの患者を対象にした分析が、「ジャパンスコア」や「ユーロスコア」といったリスク解析モデルではっきりわかっているのです。
そのため、われわれ心臓外科医が患者さんに手術の説明をする時は、「今回の場合はリスクがこれだけ上がっている」ということを十分に理解してもらい、お互いが了解した上で進めていくことが常識になっています。
心臓手術の際、数ある合併症の中で一番気を付けているのは、脳梗塞などの脳血管疾患です。その既往がある患者さんの場合、手術中に再び脳梗塞を起こせば、意識が戻らなくなる危険があります。手術中はどうしても血圧が下がるため、脳の血流も悪くなってダメージを与えます。また、脳梗塞を予防するための薬を、心臓手術のために飲むのをやめたことで、新たに脳梗塞を起こす可能性もあります。
そうしたリスクを考慮し、細心の注意を払いながら手術を進めていかなければなりません。麻酔科医は麻酔中に血圧を下げないようにしたり、人工心肺を使う場合は血液の流量を多くするなどして、なるべく脳の血流を減らさないように努めます。脳の血流や酸素供給量などを計測できるモニターなども張り巡らせ、より丁寧で高度なモニタリングが求められます。
他には、腎機能障害の合併症にも注意を払わなければなりません。高齢者は腎機能が悪化していることが多いので、とりわけ慎重に臨む必要があります。
腎臓に合併症を抱えている場合、最悪なのは、心臓手術をきっかけに、そのまま透析治療が必要になるほど悪化してしまうケースです。手術中の環境というのは、血圧が大きく変化したり、術中に使用する薬などによって、腎臓は大きなダメージを受けます。特に抗生物質は腎臓に負担がかかりますし、利尿剤もダメージを与えてしまうのです。
腎臓に合併症がある患者さんには、負担がかかるような薬などはなるべく使用しないようにしますが、それでもどうしても使わなければならないケースがあります。その場合、術中に特殊な透析装置を使った「CHDF」と呼ばれる持続血液透析濾過を行い、腎臓にダメージを及ぼす物質を除去して保護しながら、手術がソフトランディングできるようにします。
透析装置は、手術で麻酔が効いた時点から使うこともありますし、術後から使い始める場合もあります。
ただ、使用するタイミングによってはかえって悪化してしまうケースもありますし、費用もそれなりにかかるので、手軽に使えるものではありません。
心臓手術を受ける患者さんは、とにかく「心臓を治す」ということに意識が集中しています。事前に腎臓の状態が悪いという説明は受けているものの、いざ術後に腎臓の状態が悪化すると、「心臓は治ったのに、腎臓が悪くなってしまったんですか?」といった状況になりがちです。
合併症を抱える患者さんの心臓手術は、そうした難しさも想定しなければならないのです。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」