天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「はやい、安い、うまい」が患者を救う

「はやい、安い、うまい」――。患者さんの負担をできるだけ減らすため、私が手術でモットーにしていることです。

 中でも「はやい」、つまり手術時間の短縮は、患者さんの術後の回復に大きく影響してきます。心臓の手術の場合、心臓の動きを止めて人工心肺を使っている時間は、どんな年齢の患者さんでも強いダメージを与えてしまいます。「手術の時間を短くする」=「人工心肺を使う時間を短くする」=「心臓を止めている時間を短くする」ことが、最も痛手を減らし、社会復帰の原動力となるエンジン=心臓を蘇らせることにつながるのです。

 また、麻酔時間が長かったり、循環不全で血圧が不安定な状態が長引くと、脳や腎臓といった心臓以外の臓器にも負担がかかり、術後の回復に影響します。手術時間が長ければ長いほど出血も多くなり、輸血が多くなって患者さんのコンディションを悪くします。

 患者さんの負担を軽減するには、とにかく素早く手術を終わらせることが基本になるのです。

 私が手術を手掛け始めた25年前に比べると、技術の進歩などによって手術時間を大幅に短縮できるようになっています。

 先月、08年に冠動脈バイパス手術を受けた50代後半の女性の再手術を行いました。1度目の手術が行われたのは6年前で、長持ちするとされている左内胸動脈と足の静脈がバイパスの血管として使われていました。

 しかし、内胸動脈は早い段階で詰まっていて、足の静脈も複数の場所が詰まった状態でした。1度目の手術後に心筋梗塞を起こし、他の血管もかなり傷んでいました。

 しかも、1度目の手術でバイパスとして使用するのに最適な血管は使われてしまっています。

 もし25年前なら、2度目のバイパス手術に使う血管を探すのに苦労し、手術時間も長くなってしまったでしょう。

 しかし、いまは「3D(次元)CT」という機械を使い、手術前に血管の質的な評価ができます。その患者さんの血管は、右側の内胸動脈と、腹部にある胃大網動脈がいい状態でバイパスとして使えることがわかりました。

 胃大網動脈という血管は、私がかつて指導を受けた須磨久善先生が日本で初めて冠動脈バイパス手術に導入しました。技術的な問題などが見直され、いまでは忘れられている血管ですが、長期に心臓に血流を送るバイパスの材料としては、使い方が適正なら非常に優れた血管です。

 手術ではその2本の血管を接ぎ足すような形で組み合わせ、心臓に対する血流供給と、血流のバランスがいい形で5カ所をバイパスしました。さらに、心臓の中にできた血栓を取り除きました。

 この患者さんは、心筋梗塞を予防する投薬治療をしっかり行えば、これから25年は何の問題も起こらないでしょう。

 これが25年前なら、癒着剥離しながらバイパスに使う血管を手術中に手探りで探さなければなりません。手術は1日がかり、10~12時間はかかったはずです。それが今回は、癒着剥離に1時間、5カ所のバイパス手術と左室形成を同時にやって、トータル5時間半ほどで終わらせることができました。

 患者さんのこれからの人生にいかに悪影響を及ぼさないようにするかを考える。これが現在の心臓手術なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。