医療数字のカラクリ

100年前と大差ない75歳の平均余命

 1980年に「理想の生存曲線」という論文がアメリカで発表されました。大ざっぱに説明すると、70歳まではほとんど誰も死ぬことなく、70歳を過ぎたところから徐々に死に始め、85歳で半分くらいの人が、100歳を過ぎるくらいにはほとんどの人が亡くなるというグラフです。

 この曲線を現在の日本人女性の生存曲線と比べてみると、日本人女性は驚くべきことに、すでにこの理想の生存曲線を上回って長生きであることがわかります。1980年に理想と考えられた長寿の社会は、実は30年後の日本人女性によって実現されたといってもいいかもしれません。

 しかしこの理想の生存曲線も、75歳の平均余命で見てみると意外な面が見えてきます。この論文には今から100年以上前の1900年から80年までの75歳の平均余命の推移が、グラフで示されています。それを見ると、意外というか、信じられない結果が示されているのです。

 1900年ごろの75歳の平均余命が9年くらいであるのに対し、1980年の75歳の平均余命も10年くらいにすぎないのです。これは、健診も現在の医療も何もない1900年の75歳も、健診やがん検診を毎年受け、最新の治療を受けることができる80年の75歳も、1年くらいしか寿命が変わらないということを示しています。

 現在の最新の医療も、75歳以上の人にとっては大きなインパクトがなく、最新の医療を受けようとも結局は死んでしまうのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。