独白 愉快な“病人”たち

漫才師 オール巨人さん (62) C型肝炎 ㊦

(C)日刊ゲンダイ

 自分がC型肝炎のキャリアーだと分かった僕がまずやったのは、今まで付き合った彼女に電話をかけること。血液による感染以外はないと言われているけれど、もしも自分のせいで感染していたらちゃんと補償しないといかんと思ってね。幸い感染している人はいませんでした。

 やっぱり感染者としては、2次感染の可能性をつくらないように努めなあかん。今でも歯医者に行ったら、真っ先に「C型肝炎だから道具は別にしてくれ」と言うようにしてますよ。

 治療を始めて気付いたのは、周囲のサポート、医師への信頼、仕事のありがたさ。相方の阪神君は舞台で僕の腕をつかむたびに「徐々に細くなっていく」ってことを感じてたらしいけど、それを言ったら僕が落ち込むからと、一言も言わずにいてくれた。

 イライラして嫁はんには相当あたっていたと思うけど、受け入れてくれて、通院の際の面倒なことは全部フォローし、仕事に送り出してくれた。妻には本当に感謝しています。

 以前、同じ治療で悩んでいるおばあちゃんから僕の担当医を紹介してくれと相談を受けたことがあったんです。実は同じ治療なんだけれども、治療がつらすぎて、担当医師を信じられなくなっていたんです。それで、僕の担当医に電話で「治療は巨人さんと同じ、適切な治療だから先生を信用してください」と説明してもらって。

 すると、おばあちゃんは納得して、その日から人が変わったように治療に頑張るようになったそうです。僕も、ちょっとでも疑い始めたらそうなったかもしれない。そのくらいしんどい治療なんです。

 でも仕事があったから、阪神君に迷惑かけたらいけないと思うから、治療を続けられた。ピン芸人だったら続けられなかったかもしれない。C型肝炎の講演では、「インターフェロン治療を始める前にやることを持って、なければ趣味を見つけてから臨んでください」とアドバイスしているんです。その方が張り合いがある。

 ブログで僕の治療の経過を読んでくれている方の応援も心強かった。同じ病院に通っている方がブログを読んでくれていて、僕がブログにアップした院内の絵に注目してくれたりね。通院で皆さんを楽しませるのも、小さな生きがいでしたね。

 薬はますます進化して、C型肝炎はどんどん治せる病気になってきました。肝臓を悪くして早くに亡くなった先輩の中には、C型肝炎がきっかけだった人も相当いたと思うんです。今ならC型肝炎に気づいて治療さえすれば、もっと人生を謳歌できます。だからこそ、通常の血液検査の時に一度検査を加えることを勧めています。

 完治してから3年近く経ちますが、定期健診を受けているくらいで問題なし。ゴルフも楽しんでいますよ。絶好調の時は300ヤードでしたが、240ヤードほどしか飛ばせませんけどね。

 でも、トレーニングをすれば筋肉は回復しますから! 今のままトレーニングしていけば、80歳くらいまでは、今の体力を維持できると思っているんですよ。

▽1951年、大阪府生まれ。75年に「オール阪神・巨人」を結成。同年、「第6回NHK上方漫才コンテスト」で優秀話術賞を受賞したのを皮切りに、上方漫才大賞5回、上方お笑い大賞3回、花王名人大賞6回など、数々の賞を受賞。