がんと向き合い生きていく

死亡者数が最多 肺がんを減らすにはまだまだ時間がかかる

都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏
都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「喫煙者が減っても肺がん増えた」「たばこってそんな関係あんの?」――。2月末、麻生太郎財務相のこんな発言を取り上げた報道がありました。衆院財務委員会で、喫煙者が減っていることについて触れる中で、「肺がん(の患者数)は間違いなく増えた。たばこってそんな関係あんのって、いろんな人に聞くんです」と述べたといいます。麻生氏は愛煙家として知られ、喫煙と肺がんの因果関係に疑問を示した形だとありました。

 麻生氏と同じような疑問を抱いている方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、実は喫煙者が減ってもすぐには肺がんは減ってこないのです。

 肺がんのハイリスク者とは、「喫煙指数」(1日の喫煙本数×喫煙年数)が400あるいは600以上(過去における喫煙者を含む)、あるいは6カ月以内に血痰があった場合をいいます。

 たとえば、1日20本吸う人は30年で600になります。つまり、肺がんには「喫煙期間の長さ」が関係していることを示しているのです。

 1960年代後半、喫煙者は男性の80%以上、女性は10%程度でした。当時の映画の中では、俳優がカッコよく煙をはいているシーンを見せていました。その後、少なくとも約20年間は、たとえ病院の診察室でさえ愛煙家の医師によって、また夜勤の看護婦(師)さんの控室でも、火災用のスプリンクラーが作動するのではないかと思われるほど、たばこの煙に満ちていたことがあるのです。今ではとても信じられないことです。

 肺がん患者は男性が圧倒的に多く、65~70%を占めています。そうした時代を過ごされて高齢になり、発症された方がたくさんいらっしゃいます。いま喫煙者が減ったとしても、すぐには肺がんが減ることはないのです。

 大きな問題は、1年間にがんと診断される患者さんの数は肺がんよりも大腸がんや胃がんの方が多いのに、亡くなる患者さんは肺がんが一番多いということです。大腸がん、胃がんは早期診断によって内視鏡で切除できる患者さんが多いこともその理由のひとつとして挙げられます。しかし一方で、肺のX線検査はとても簡便ですし、早期で見つかれば肺がんでも80%の方は治癒します。

 それだけ、検診が浸透していないと考えられます。

 私の先輩医師も、たくさん肺がんで亡くなりました。みなさん愛煙家でした。長く親しくお付き合いいただいたRさん(男性・74歳)は、お会いした時はいつも灰皿に吸い殻がいっぱいでした。仕事を辞めるまでは、がん検診を毎年受けていましたが、その後は受けていませんでした。

 5カ月ほどときどき咳き込むことが続き、下肢がむくんで病院で診察を受けた時は、担当医から「胸部に径10センチの腫瘤があり、肺がんです。手術などのがん治療はもう無理な状態です」と説明されました。

 ある日、Rさんから電話がかかってきました。「自分の人生に悔いはないと思っています」と言いながら、それでも「2人の孫が大学、高校に入学する来春までは頑張らなければ」と話されていました。その心中はいかばかりであったでしょう。そのようにおっしゃってはいましたが、無念の気持ちが伝わってきました。今年は、Rさんが亡くなって2年目の春になります。

 一方では、たばこを吸わない方の肺がんもあります。たばこだけが肺がんの原因ではないのです。肺がんには、「小細胞肺がん」(約20%)と「非小細胞肺がん」(残り80%)があります。小細胞肺がんは進行がとても速いのですが、抗がん剤、放射線治療も有効で、限局して見つかると治癒される方も多くみられます。

 非小細胞肺がんには、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなどがあります。特に女性の肺がんは、肺野(肺の中)にできる腺がんが多く、早期では咳などの症状が表れません。手術できるのはⅠ~ⅢA期(リンパ節転移が少ない)です。放射線治療、化学療法も大変進歩しましたが、完全に手術で取り切れるかどうかが重要になります。

 肺がんは、まだまだ減らないと思いますが、早く見つけて治すことが肝心です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。