がんと向き合い生きていく

前立腺がんは大きくならず一生そのままという場合もある

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 Cさん(62歳・男性)は、車の整備工場で退職後も非常勤で働いておられます。会社の健診で高脂血症、高血圧症、脂肪肝と診断され、2カ月おきに通院されていました。

 そんなCさんが最近、「腰が痛い」とのことで来院されたのです。採血では「アルカリホスファターゼ(AL―P)値」が正常値より2倍ほど高くなっていました。AL―P値は肝機能異常のときに、あるいは骨折など骨の異常で高くなります。Cさんは他の肝機能などの数値はまったく正常でしたので、骨の異常を考えて腫瘍マーカーのPSAを測定したところ、正常の3倍の値でした。

 急いで泌尿器科を受診していただくと、前立腺がんがすでに骨転移していたことがわかりました。そのために腰痛が起こっていたのです。現在、Cさんはホルモン療法によって腰痛はなくなり、小康を保っております。 前立腺がんは、初期ではほとんど症状がありません。がんが大きくなると、頻尿、尿が出にくくなる、血尿などの症状が出ます。診断は直腸から前立腺に針を刺して組織を採取し、病理検査で確定します。

 前立腺がんと診断された場合は、そのがんが進行しやすいのか、ゆっくり進行するのか、病理検査で悪性度診断が行われます。「グリソンスコア」と呼ばれる方法で、10点満点で点数が高いほど悪性度が高くなります。

 がんの進み具合はCT、MRI、骨シンチグラフィーなどの検査で決められます。がんの進行状況とグリソンスコア、PSA値などにより、低、中、高リスクに分けられます。

 どのリスクに入るのかに合わせ、患者さんの希望、年齢、合併症などを検討して治療法が決められます。治療法は前立腺全摘手術、放射線治療、ホルモン療法が中心です。抗がん剤治療の効果は限定的で、根治治療には使われず、初回から使われることは少ないのです。 前立腺がんが早期で見つかった場合、他のがんでは考えられないことがあります。がんがまったく大きくならないで、一生そのままでいることがあるのです。がんが前立腺に限局し、低リスクと診断された場合は、PSAをチェックしながら経過を見て、PSA値上昇時に再生検して根治治療を行うかどうかを検討する「PSA監視療法」を選択することもあります。海外の研究で、「がんが早期であった場合、手術しても放射線治療しても、何もしないでいる場合の10年生存率は変わらなかった」という報告があるのです。

■骨転移があればホルモン療法が第一選択

 ですから、たとえば低リスクでは、特に患者さんが高齢であった場合や他の病気を持っている場合などでは、無理して手術や放射線治療を行わずに経過を見る方法もあります。

 手術では、根治のために前立腺全摘、周囲のリンパ節郭清を行います。低~中リスクで、限局している前立腺がんでは、根治の可能性が最も高い治療法なので一番の適応になります。しかし、他の治療に比べて手術の身体的負担があり、副作用には尿漏れ、性機能障害などが挙げられます。

 放射線治療は身体的負担が少なく、外来でも可能です。年齢にかかわらず治療できます。副作用は、排尿痛、排便困難、尿道狭窄、性機能障害などがありますが、治療法の改善により少なくなってきています。また、「小線源刺入法(ブラキ療法)」といって、放射能を有する金属を前立腺に埋め込む方法もあります。

 前立腺がんは男性ホルモンに影響されるがんなので、ホルモン療法は有力な治療法として使用されてきました。主として男性ホルモンをブロックするものです。そのため、男性ホルモンを作っている睾丸を切除する方法は昔から行われてきました。また、「化学的除睾術」といわれる注射や内服などのいろいろな薬が開発されています。

 前立腺がんで骨転移がある場合、ホルモン療法が第一選択となっています。ホルモン療法が効かなくなった場合に「ドセタキセル」などの抗がん剤が使用されています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。