余命4カ月と言われた私が今も生きているワケ

手術中は痛みで暴れ回り職員に取り押さえられていた

高橋三千綱さん
高橋三千綱さん(C)日刊ゲンダイ

 車を運転中、低血糖で呼吸困難に陥り、目の前が真っ暗になったことがあった。明らかに糖尿病の薬の副作用に思えた。

 患者にも百様があって、それぞれの体質や体調によって一律では対応しきれない。しかし、多くの糖尿病専門医がそうであるように、彼らは画一的に数値だけでしか判断ができない。

 そこで何人かの先生に相談したところ、ある先生がこう話した。

「高橋さん、薬はやめましょう。自分の体のことは患者が一番よく知っています。今の世の中、予防が重要だと皆さんが言いますが、病気は悪くなってからジタバタすればいいのです。健康診断をすれば、健康な体であっても、何か病気をつくられてしまいますから」

 がんでない人もがんにされてしまうのだ。

 インスリンは59歳から打っているが、実は注射は苦手だ。ただし、今は痛くない注射針ができている。ナノパス33というのだが、墨田区東向島の町工場のオヤジが開発したものだ。もう80歳を越えられている岡野工業社長の岡野雅行さんは、下町の発明家と呼ばれ、これはもはや針であって針ではない。

 針は通常、先端が竹筒状になっているが、ナノパスは斜めに切ってある。言葉にすれば簡単だが、岡野さんは1枚の板をトントン叩き、それを0.2ミリほどまで細くした。蚊の針、それを口器というらしいが、まさに蚊の針と同じだ。岡野さんは医療機器会社から一切研究費をもらわず、町工場の技術だけで作っちゃった。このオジサンのおかげで、世界中の糖尿病患者がインスリンを打つのが怖くなくなったと思う。

 インスリンを打ち始めてから2年後……。2009年2月に肝硬変と診断され、「余命4カ月」を告げられた。肝性脳症という意識障害に陥り、夜中に庭に出ていた記憶がないこともあった。

 結果的に肝硬変は事なきを得たが、それから3年後の12年3月、今度は食道がんが発覚した。1カ月後に入院して精密検査してみたところ、食道に静脈瘤が見つかった。

「切除しないと静脈が破裂してしまう」という医師の説明を受け、がんの手術の前に静脈瘤の手術を受けることになった。肝臓が悪いから解毒作用がなく、血液が逆流してコブをつくってしまうとのことだった。

 静脈瘤の手術は3回行い、十数個のコブを取った。まさしくこぶとりジジイだろう。

 その後、内視鏡で食道がんの手術を行ったのだが、がんは粘膜ごとに切り取るので、技術も必要で、相当に痛かった。手術中は暴れ回っていたらしく、女房が来た時には取り押さえられていたらしい。

 内視鏡手術だから簡単というものではない。内視鏡手術を開発した先生にやってもらってこの痛みだから、ホイホイと人には勧められない。

高橋三千綱

高橋三千綱

1948年1月5日、大阪府豊中市生まれ。サンフランシスコ州立大学英語学科、早稲田大学英文科中退。元東京スポーツ記者。74年、「退屈しのぎ」で群像新人文学賞、78年、「九月の空」で芥川賞受賞。近著に「さすらいの皇帝ペンギン」「ありがとう肝硬変、よろしく糖尿病」「がんを忘れたら、『余命』が延びました!」がある。