天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

より信頼性の高い大規模データの収集は積極的に進めるべき

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓疾患の治療を行ううえで最も重要なのは、「エビデンスにのっとった治療を選択する」ということです。エビデンスとは、該当する患者の病気に対して、その治療法が効くかどうかの科学的根拠、臨床的な裏付けのことで、さまざまな調査や研究によって客観的に証明されたデータを基に構築されます。

 中でも、最も信頼性の高い根拠となるのが「ランダム化比較試験」です。対象者を無作為に2つのグループに分けて、一方は「評価しようとしている新しい治療法」を実施し、一方は「それとは異なる治療法」を行います。その結果を比較して、新しい治療法を評価します。さらに、複数のランダム化比較試験の結果を統合して分析するメタアナリシスによって得られるデータは、より信頼性が高くなります。

 こうして構築された信頼性の高いエビデンスに基づいて行われる治療は、患者の身を守ることにつながります。逆に、特定の施設でしか通用しないようなローカルルールで行われた治療は、その後の回復に悪影響を与えたり、最悪、死を招く可能性もあるのです。

 心臓疾患に関してもさまざまな研究や調査が行われ、一定の信頼を置けるエビデンスが構築されています。ただ、欧米に比べると、日本はまだ物足りない部分があるのも事実です。

 欧米は、データ集積やエビデンス構築の歴史も長く、対象となる患者数や症例数といった母数も非常に多いといえます。一方、日本は、研究や調査に協力する施設の足並みがなかなか揃わないケースもあるなど、臨床データが集まりづらい状況なのです。

 たとえば、「Japan SCORE」(ジャパンスコア)と呼ばれる成人の心臓血管外科手術におけるリスク解析機能があります。日本成人心臓血管外科手術データベース(JACVSD)に集積されたデータを基に構築されたもので、その患者さんは手術によるリスクがどれくらいあるのかが分かります。

 今では、心臓手術が必要な患者さんに対する事前説明に広く使われていますが、このデータ解析機能が設置されたのは2007年10月でした。それまで、日本では心臓手術の全国規模のリスク調査が行われていなかったため、欧米で用いられている「Euro SCORE」(ユーロスコア)などを代替で使っていたのです。

■学会が約1万人の患者を対象とした調査を開始

 ただ、欧米人と日本人では体格や病状などに違いがあるため、ユーロスコアは日本での実態と乖離があると考えられていました。そこで、日本人の臨床データに基づいたリスク解析モデルを構築しようと2001年8月から臨床データの入力が開始され、徐々に全国に広まって今に至ります。

 リスクスコアと同じく、日本における診断や治療法に関するデータはまだ十分とはいえず、信頼の置けるエビデンスがはっきり確立されているとは言い切れない領域があるのも事実です。

 そうした現状を受け、日本循環器学会は約1万人の患者を対象とした調査を始めています。心不全や心筋梗塞などの心臓疾患で入院している患者を無作為で選び、治療内容や治療後の症状の変化といったデータを集め、治療に役立てる狙いです。

 外科でも内科でも、心臓病の治療に関する大規模な前向き研究を積極的に行い、客観的なデータをどんどん蓄積していくことはとても重要です。近年は、欧米よりも日本人の体格に近いアジア地域で大規模データを収集するべきだという意見が増えています。日本国内だけでなく、中国、フィリピン、ベトナムといった地域にも目を向けて、より大規模な研究が進むことを期待しています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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