がんと向き合い生きていく

抗がん剤は効くか? 治療法の選択は「正しい情報」から判断

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 公務員のKさん(41歳・男性)は1年前に手術した胃がんが再発し、不安になって相談に来ました。

「担当医から抗がん剤治療を勧められました。科学的根拠のある標準治療だというのです。効くという根拠はあるのでしょうか? 『抗がん剤は効かない』というタイトルの本には、抗がん剤は全く無意味、つらい副作用と寿命を縮める作用しかないと書いてあったのですが……」

 私は次のように答えました。

「『効く』イコール『治る』ではありません。でも、抗がん剤が『効く』ということは、『治る』を含めて『延命効果がある』ということを意味しています。抗がん剤治療がすべての患者さんに効けば問題はないのですが、実際には一人一人に治療してみないと分からないのです」

 かつて、胃がんに対して抗がん剤治療は延命効果があるのかどうかを統計上で科学的に明らかにするための臨床試験が行われました。手術ができないほど進行した胃がんで、それでもまだ体の一般的状態は悪くなく(全く症状がないか、あってもベッドにいるのが一日の半分以下の状態)、抗がん剤治療の経験がなく、抗がん剤治療ができると判断された患者に対して、くじ引きで「抗がん剤治療をする群」と「しない群」とに分け、どちらが長く生きられるかを比較したのです。

 1990年代に海外でこの試験が3つ実施されました。その結果、3つの試験とも生存期間中央値は、抗がん剤治療群が治療しない群の約3倍の長さでした(有意差あり)。このようなくじ引き(無作為比較)試験で、3つの試験すべてが同じ結果になったことから、統計学上、科学的に最も強い証拠(エビデンス)として抗がん剤治療が無治療よりも延命効果があると証明されたのです。

 この結果から、以後、進行した胃がんで抗がん剤を行ったことのない患者に対しては、くじ引きで治療する群と治療をしない群に振り分けるような比較試験は人道的にも行われなくなりました。

■抗がん剤治療の延命効果は科学的に証明されている

 繰り返しになりますが、胃がんが手術できないほど進行していても、体の一般的状態が比較的良い人は、抗がん剤治療を受けた方が受けなかった方に比べて長生きするという統計上の事実が示されたのです。こうした研究結果を受けたこともあり、日本胃癌学会の胃がん治療ガイドラインでは、「手術できないほどに進んだ胃がんでは、まず、抗がん剤による治療が選択肢のひとつと考えられています」としています。

 「抗がん剤は効かない」と書かれてある本では、「臨床試験は実施されているのですが、被験者の数が少なく、データを解析しても、その信頼性に(人数の点から)問題が残る」と言っています。しかし、科学的に抗がん剤治療の延命効果が少ない人数で証明されたことによって、くじ引きで治療しない群に振り分けられることは、該当する患者にとって不利益であることが明らかになりました。つまり、これ以上たくさんの患者に試験に参加してもらうのは、人道的にも許されないことなのです。

 ちなみに、前述した海外の3つの臨床試験の中のひとつでは、試験途中で「抗がん剤治療群の生存期間が明らかに長い」という統計結果が判明したため、その時点ですぐに「治療しない群」に振り分けることを中止し、その後は「すべて抗がん剤を行う群」に変更されています。

 最近の新しい抗がん剤併用療法の報告では、生存期間の中央値はさらに長くなっていて、少数例ではあるものの長期生存(5年以上)も得られています。また、手術不能と判断される大きな胃がんが治療効果によって手術可能まで小さくなり、その後に手術が行われてさらに長く生きられる患者もいます。

 治療法を選択するには、まず「正しい情報」から判断することが大切です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事