天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

“単身ベトナム遠征”で実施した手術が医療の発展につながる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 8月中旬に4泊6日のスケジュールでベトナムを訪れました。今春、正式に提携を結んだ国防軍医科大学付属病院からの手術指導要請に応えた“遠征”です。

 3施設で4例の手術を行い、1人は狭心症の冠動脈バイパス手術で、心臓を動かしたまま行うオフポンプ手術を実施。ほかの3人はいずれも心臓弁膜症で弁形成術などを行いました。もちろん、すべて納得いく結果を出せましたし、関係者の方々にも喜んでいただけて充実した内容でした。

 これまでも、海外のさまざまな国から招かれる形で何度も現地で手術を行っています。ただ、今回は自分なりの“狙い”を持って出向くことにしました。それは、自分ひとりだけでベトナムまで行き、現地のスタッフと一緒にチームとして手術を行うことです。患者さんを犠牲にすることなく、現地の医療に何が足りないかを見つけ、日本とはどのくらいギャップがあるのかを体感する。そして、現地の若手医師たちに自分が培ってきた技術や経験を伝えたいと考えたのです。

 そのためには、単身で現地に出向くのがベストだと判断しました。普段の手術で使用しているハサミやピンセット、鉗子類といった道具が変わってしまうと手術にかかる時間に大きく影響してしまうため、それらの器具類は同行者に運んでもらいましたが、医療スタッフは自分ひとりです。これまで何度もベトナムに招かれて現地の医療を視察しているので、ベトナムには超高齢の患者や人工透析患者はいないことがわかっていましたし、再手術もほとんどありません。それほどハイリスクな患者はいないから単身でも問題ないと判断したのです。

■教育効果が大きい

 海外で手術を行う場合、いちばん無難で安心できるのは、使い慣れた手術室をそのまま現地に“移動”させるパターンです。助手、麻酔科医、看護師といったスタッフはもちろん、機材や薬剤、消耗品なども丸ごと現地に運び、自国の手術室を“再現”するのです。

 しかし、これでは現地の医師に対する教育効果がほとんどありません。彼らが普段行っているスタイルとはまったく異なるケースが多いので、手術に直接携わることはできませんし、ただ見学するだけになってしまいます。単純に「その患者の手術がうまくいきました」というだけで、現地の関係者が得るものはほとんどないのです。

「医療先進国にはこういう手術があって、こんなふうにやっているんだ。自分たちとは違う」といった感想を抱くだけで、強力なリーダーが医療体制を変革するくらいのことがなければ、その後の現地の医療は変わりません。来日する大リーガーのプレーを目の当たりにして感嘆していたかつての日米野球のようなもので、完全にショーで終わってしまうのです。

 海外で手術を行う別のパターンとして、手術ができる複数のスタッフで臨む体制もあります。執刀医のほかに助手と麻酔科医ら数人が現地に出向き、看護師は現地のスタッフに任せるといったパターンです。手術室の中には、われわれと現地スタッフの両者とコミュニケーションをとれる人員を入れ、なんとなく現地スタッフと一緒に手術をやりましたという形になります。

 ただ、手術の流れによっては執刀医と助手だけで日本語を使って進めるケースも少なくありません。こうなると、現地のスタッフは置き去りにされた感覚が強くなります。これでは、一緒に手術をしている意味がありません。ベトナムの関係者の話では、これまで外国から招いて手術を行ってもらう時は、このパターンが多かったといいます。外国人医師はベトナムの医療を信用していないという印象だけが残るのだそうです。

 こうした形が続けば、どれだけ海外から医師が来て最先端の手術を披露したとしても、ベトナムの医療従事者にとっては身になりません。だからこそ、今回は単身で出向いて手術をしようと決めたのです。

 現地のスタッフと一緒に4例の手術を終えたあと、関係者からは「ベトナム人の助手、麻酔科医、看護師、技師たちと一緒にひとつのチームとして手術をやってくれたうえに、自分たちとは違う最先端の技術を見せてくれた。われわれを信用してくれて感謝している」といった言葉をかけられました。

 事前の狙い通りの成果を出せたことに手ごたえを感じましたし、今後もこうした形を積み重ねていけば、私の経験や技術がどんどん浸透していくだろうと思っています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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