後悔しない認知症

必要なのは「記銘→再認→再生」を繰り返すトレーニング

ガラケーよりスマホで新機能を使いこなす
ガラケーよりスマホで新機能を使いこなす(C)日刊ゲンダイ

「あれ、そうだっけ?」という親に対して「いま、言ったばかりだよ」と子どもがあきれ顔でため息をつく。また一緒にテレビを見ているシーンでは「この人は誰?」と親が何度も尋ね、「その人の名前は昨日教えたでしょ?」と子どもが応じる。認知症の親を持つ子どもの間では日常的な風景といっていいだろう。

 認知症の特徴として、新しく体験したことを覚えておくことができないという症状があることは事実だ。医学的には「記銘力障害」と呼ばれる症状だ。もちろん、記銘力の低下は認知症の人ばかりではなく、中高年一般にも見られるが、これはほとんどの場合、加齢による脳の海馬の萎縮が原因である。海馬という部位はパソコンにたとえれば「メモリー」のようなもので、入力された情報を一時的に保存する機能を持つ部位である。この海馬が加齢によって萎縮することで、いわば新しい情報を書き込むスペースが狭くなり、記憶として定着させることができなくなってしまう。人間の記憶は「記銘↓保持↓想起」という流れで定着、機能するのだが、老化によって記銘そのものができにくくなってしまうわけだ。

 こうした記銘力の低下を完全に抑えることはむずかしい。しかし、だからといって子どもが「年だから」「認知症だから」と親が新しい情報を入力できないとあきらめてしまうのは早計だ。

 たしかに若いころの記銘力は望むべくもないが、記銘力が完全に失われるわけではないのだ。工夫次第で一定のレベルを維持することは不可能ではない。そのために子どもがまず忘れてならないのが「反復」だ。「言ってもムダ」とあきらめるのではなく、子どもは根気よく同じ情報を親に発してあげることだ。なぜなら、記銘力は「記銘↓再認↓再生」というサイクルを反復することで、改善する可能性が少なからずあるのだ。子どもの立場で言えば「Aだよ」と親に記銘させ、一定時間が経過した後「Aと言ったよね」と再認、さらに時間経過をおいて「なんて言ったかな?」と「Aでしょ」という再生を促す。こういうコミュニケーションを繰り返すことで新しい情報の記銘力低下を防げる。

 さらに、これを親がトレーニングとして自分でやるように子どもは促してあげることだ。記銘力低下の程度、覚えておいてほしい情報の量や質によって方法は異なるが、何度も問いかけたり、メモを渡したりして、再生を促すトレーニングを行ってみることだ。それでも効果は限界的かもしれないから、できるだけ親にメモをとらせるのもひとつの方法だ。

■音読も記憶を定着させる

 前回、認知症の症状は皆無、認知症検査でも満点を取って担当医を驚かせた95歳の女性の話を紹介した。彼女は毎日、クシャクシャになるほど大好きな新聞を熟読する。これはまさに「記銘↓再認↓再生」を繰り返していると言える。これによって、新しい情報の記憶が脳に定着しているものと考えられる。

 ときどき、音読もしているというからトレーニングとしては完璧だ。この女性、目下、ガラケーからスマホに機種変更して、使い方を習得中だというから見事というほかない。

 ちなみに、長年、私は大学受験成功のノウハウを研究し、受験本を多数執筆してきた。また、医大受験のための通信教育も主宰しているが、反復や音読が知識の記憶、定着に大きな効果があることは自信を持って断言できる。

 いずれにせよ、認知症の人をふくめて「高齢者は新しいことをまったく覚えられない」という認識は改めたほうがいい。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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