進化する糖尿病治療法

基準値を超えずにギリギリセーフが長年続くと危険なワケ

生活習慣改善が大事
生活習慣改善が大事

 健康診断や人間ドックは一般的に、春から初夏にかけて行われることが多いです。1年に1回の「頑張り時」を終えて、ホッとしている人もいることでしょう。しかし、せっかく健診を受けたのですから、ぜひ、その結果をいい方向に活用していただきたいと思います。

 血糖値の判定を行う代表的な検査は、空腹時血糖値、75グラム経口ブドウ糖負荷試験、ヘモグロビンA1c(HbA1c)です。このうち健診や人間ドックで受けるのは、空腹時血糖値とHbA1cですね。

 これらの検査の結果から「糖尿病型」となるのは、空腹時血糖が126㎎/デシリットル以上、あるいはHbA1c6.5%以上。HbA1c6.5%未満で110~125㎎/デシリットル以上は糖尿病の疑いが否定できない「境界型」です。

 境界型の方は、健診の担当医から「再検査として、75グラム経口ブドウ糖負荷試験を受けるように」といったことが言われているはずです。

 そして空腹時血糖値109㎎/デシリットル以下は「正常型」の域に入りますが、100~109㎎/デシリットル、あるいはHbA1c5.6~5.9%は、将来的に糖尿病を発症するリスクが高いグループになります。

 高血圧、脂質異常症、肥満などがある人は特にリスクが高く、75グラム経口ブドウ糖負荷試験を受けることが望ましいと考えられています。

 では、ここでみなさんに質問です。糖尿病型ではないけれど、境界型や将来的に糖尿病を発症するリスクが高いグループに何年もいるのと、同じくまだ糖尿病型には達していないものの、これまで100㎎/デシリットルを切っていたのに、この1~2年で血糖値が上昇してきたのとでは、どちらがより問題でしょうか?

■1~2年で急激に上昇した場合は打つ手あり

 病気の中には、「これまで何ともなかったのに、急に症状が出てきたら要注意」というものも少なくありません。だから、血糖値の場合も後者(この1~2年で上昇)の方が問題だろうと考える人がいるかもしれません。しかし、実は、「糖尿病でない」状態にギリギリとどまっている期間が長い人ほど、全身の血管に与えるダメージが大きいのです。

 崖っぷちでギリギリ踏ん張っている人は、落ちてしまうと戻ってこられない。ゴムをずっと引っ張っていると、手を離してもダランと伸び切った状態のままになりますが、そのイメージです。

 実際、血糖値が境界型の人は、正常型の2.2倍心臓や血管の病気になりやすいといわれているのです。何度かこの欄で「負の遺産」についてお話ししました。血管などに負担をかけている年数が長くなると、それこそ苦労して規則正しい生活に切り替えても、負の遺産が少ない人よりも、心筋梗塞や脳卒中などのリスクが高くなるのです。 一方、ゴムをグンと思いっ切り引っ張って手を離すと、ゴムはすぐに元に戻ります。1~2年で上がった血糖値は、このゴムと同じ。

 ご飯や肉類などの前に野菜を食べる「ベジファースト」を習慣化したり、運動までいかなくても少し歩くなど体を動かすことを心掛けたり、睡眠を十分に取ったり、飲酒量を見直すだけで、血糖値は元に戻る可能性が高いのです。

 では、先に挙げた「糖尿病でない」状態にギリギリとどまっている期間が長い人は、何をしたらいいのか?

 血糖値を下げる薬を飲む? いえ、糖尿病とまだ診断されていない以上、薬物治療の対象にはなりません。糖尿病でない、でも「糖尿病でないから安心」とは決して言えないこの段階でできることは、生活習慣改善しかありません。

「1~2年で血糖値が上がった人と対策は同じじゃないか」と思う人もいるかもしれません。確かに対策は同じですが、より熱心に生活習慣改善を行わないと、良い結果は得られないでしょう。また、「ギリギリ状態を長年」の人は、血圧やコレステロールなどほかの数値についても高めであるケースが珍しくない。ほかの数値の改善のためにも、熱心な生活習慣改善が必要とされます。

 具体的な目標として、「食事は腹八分目」「野菜を取る」「日常的な運動」「体重5~10%減」「禁煙」「ストレス対策」「定期的な健診」を。どれでもできるもの、続けられやすいものから実践しましょう。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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