がんと向き合い生きていく

携帯番号は教えていなくても医師は患者をいつも気にしている

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある市の市議会議員の奥さん(当時56歳=胆のうがんが肝臓転移)が、某病院から転院を希望されて来院されました。私が「当院でお引き受けいたしますが、他の患者さんと同じように対応させてください。特別扱いはできません」と伝えると、「他の患者さんとまったく同じで結構です」とお答えになりました。

 ところが入院時、担当医は、議員である夫から「もしもの時のために先生の携帯電話番号を教えてください」と言われたそうです。その担当医から「携帯番号を教えなければならないでしょうか?」と聞かれ、私は「教える必要はない。他の患者さんと同じでよい。特別扱いはしない。それで了解されています」と答えました。

 がんの分野だけではありませんが、治療は外来が主になっています。それもあって、患者は「自宅で何かあった時のために担当医の携帯電話番号を聞いておきたい。そうすれば安心できる」と思われるのでしょう。

 しかし、患者が緊急に対応して欲しい場合は、病院に連絡していただきたいのです。担当医が電話に出られればいいのですが、担当医が電話に出られない、あるいは不在だったとしても、係の者か外来の担当看護師が対応してくれます。そこで、医師が対応した方がよいと判断された場合は、同じ科の医師、夜なら当直医が適切な対処を教えてくれます。

 担当医でなければ分からない場合で、担当医が不在であれば、病院側から担当医に連絡することもあります。多くの病院では連絡網がしっかり整備されているはずです。

 担当医は、昼は外来患者や入院患者の対応、内視鏡検査や手術を行っているなど、電話に出られないことはたくさんあります。夜でも、重症患者の対応や勉強会など、とても忙しく働いています。夜中になってからでも、病院の看護師から重症患者について連絡が入ることもあります。夜もゆっくり休めないのが現状です。

 国は働き方改革などと言ってはいますが、医師の残業時間上限は過労死ラインの2倍、年1860時間まで容認すると考えているようです。これはとてもおかしな話です。医師も人間なのです。

 医師は病院勤務のほかに、「専門医」の資格認定や新しい知識を得るために専門学会へ出席することが年に何回かあり、さらに私用でどうしても病院に不在になる場合もあります。

■「苦しい、たすけてー!」というメールに驚いたことも

 私はかつて、まだ携帯電話のない、がんの告知をしていない時代に、不安そうにしている患者に自宅の電話番号を教えたことがありました。それでも、患者が緊急に電話してくることはほとんどありませんでした。ある患者は、「お守りです」と言って電話番号を財布にしまって過ごされていました。日曜日に患者の親戚の方のがん相談で電話がきたことはありましたが、ごくごくまれな場合です。

 いずれにしても、「携帯電話番号を教えてくれないから不親切」と言われるのは、患者のわがままかもしれません。携帯番号は教えていないけれど、医師はあなたのことがいつも気になっていて、何かあればすぐに対応できます。それを「お互いに理解し合えている」という関係が大切です。

 担当医のメールアドレスを知りたいという患者もおられます。また、どこかで調べられてメールが届く場合もあります。病状などについて、メールでのやりとりは必ずしも勧められません。実際に「次回の外来で説明します」と返事をしたことがありました。

 また、ある時、「苦しい、たすけてー!」というメールがあり、それを翌日の夜遅くなってから見つけて、びっくりしたことがあります。状況が分からないのに書かれた文章だけで判断して返事をすると、間違った答えになってしまう恐れもあるのです。

 お互いに誤解なく、信頼し合えて良き関係を保つためにも、患者と医師はほどよい距離間が必要だと思います。

■本コラム書籍「がんと向き合い生きていく」(セブン&アイ出版)好評発売中

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事