Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

肺がんの臨床試験で注目 2剤の併用で再発リスクが4割減

肺がんの大林宣彦監督は「あと3000年、映画を作りたい」と
肺がんの大林宣彦監督は「あと3000年、映画を作りたい」と(C)日刊ゲンダイ

 肺がんの治療でうれしいニュースでしょう。近畿大などの研究グループによって、分子標的薬を2剤併用すると、単独で使う場合に比べて再発リスクが4割下がることが分かったのです。

 肺がんの人のうち、3割はEGFRという遺伝子に変異があります。それがある人に効果的な分子標的薬は、イレッサ、タルセバ、タグリッソなどが開発されていて、タグリッソが最も効果的なのですが、どれも使い続けると、薬が効きにくくなる欠点が。

 そこで研究グループはタグリッソを温存し、タルセバを使ってより効果的な薬の組み合わせを考えました。がん細胞は栄養を取るため、細胞の周りに血管を多く作りますが、それを邪魔する分子標的薬サイラムザとの併用を調べたのです。

 2剤併用のグループ224人とタルセバ単独のグループ225人を追跡したところ、がんが進行せず安定した状態を示す無増悪生存期間(PFS)の中央値は、2剤併用が19.4カ月、タルセバ単独が12.4カ月と有意に長い。2剤併用の再発リスクは、単独に比べて約6割と4割低いことが分かったのです。

 それぞれの分子標的薬は単独で使うと、保険が利きますが、併用では利きません。今回の臨床試験を受けて、保険適用が実現すれば、患者さんにとっては大きな福音でしょう。

■薬が効かなくなる仕組み

 ところで、なぜ分子標的薬が効かなくなるのでしょうか。その点について、簡単にふれておきます。がん細胞は、ある細胞にできたたった一つの不死細胞が、免疫の監視網をかいくぐって増殖したもの。転移は、元の不死細胞の遺伝子を引き継いだクローンです。

 ところが、がん細胞は細胞分裂のときに遺伝子を正確にコピーするシステムが破綻していて、分裂を繰り返すうちに、さまざまな遺伝子変異が積み重なっていきます。クローンのように見えるがんは一枚岩ではなく、次第にさまざまな性質を持つ混成部隊に変貌するのです。

 そんな遺伝子の多様性が、治療にも悪影響を及ぼします。従来の抗がん剤もホルモン剤も、最新の分子標的薬も、薬を使い続けるにつれて、次から次へと遺伝子変異を生じるため、薬がだんだん効かなくなるゆえんなのです。

 その点についても、今回の臨床試験は有望な結果が得られています。薬を効かなくすることに関与する遺伝子変異が、2剤併用と単剤で差がありませんでしたから、次の分子標的薬の治療につながる可能性が示されたのです。

 私の専門である放射線でも、一度照射したところにできた再発病巣は、放射線が効かないことが珍しくありません。しかし、いろいろな治療をブロックするがんですが、免疫療法と放射線の組み合わせによって、とても大きな治療効果が得られることが分かってきました。その点については次回お話しします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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