5年後に治る可能性 「遺伝子治療技術」で難病が消えていく

元気な子供が増える?
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 医療は「診断」「手術」「創薬」「医療機器」「救命救急」「予防」などあらゆる分野がステップアップしていて、「死に至る病」の多くは克服の途上にある。そんななか、これまで後回しにされてきた「難病」も治る病気に近づいている。こう言うのが、「Die革命」(大和書房)の著者で埼玉医科大学客員教授の奥真也医師だ。

 東大医学部を卒業後に同大付属病院22世紀医療センター准教授などを経てビジネス界に転身。製薬や医療機器の会社などに勤務した奥医師だからこそ語れる、5年後に治る可能性のある難病について聞いた。

「神経難病の脊髄性筋萎縮症(SMA=厚生労働省の指定難病3)は、治療できないと、筋肉をコントロールする神経の働きが弱まり、少しずつ運動機能が衰える乳幼児の遺伝性の病気ですが、今後は治る可能性が高い代表的なもののひとつです。この種の病気は長い間、決定的な治療法がなく、ご家族も、医療を提供する側も歯がゆい思いをしてきました。2016年に米国で世界初のSMA治療薬『スピンラザ』が登場したことで、流れが変わりました」

 特定の遺伝子の機能が欠ける「遺伝子疾患」であるこの病気は、発症する時期や病状によって5つの型に分かれる。出生後すぐに亡くなる0型、生後6カ月までに発症するI型、7カ月から1歳半までに発症するⅡ型、1歳半から20歳ごろまでに発症するⅢ型、成人期に発症するⅣ型だ。

「スピンラザは、SMAの原因である遺伝子の変異部分を複製しないようにする薬です。翌年には、この疾患の治療薬の真打ちとも言える新薬『ゾルゲンスマ』が登場しました。アデノ随伴ウイルスを用いて正常な遺伝子を発現させるものです。米国では2019年に承認され、日本でも、画期的な新薬に限って審査期間を大幅に短縮する『先駆け審査指定制度』により2018年末に申請されています。この薬の問題点のひとつは、米国では1例当たり2億円を超えたという治療費です。1回投与の超高額注射薬というのは、治療を担当する医師でさえ内心ドキドキです。治療費の問題に加え、複雑な製造工程が審査対象であることなどもあり、先駆け制度には珍しく長期化していて、承認審査の完了は来年に持ち越される状況です」

 2018年末に公開された映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」の主人公の病気として知られるようになった「筋ジストロフィー」。発症が男児に限定される遺伝性疾患(厚生労働省の指定難病113)で、出生男子の3500人に1人の割合で発症する。

 無治療で放置すれば10歳未満で歩行困難となり、10代後半で呼吸筋や心筋が障害を受け、心不全で死に至る。ジストロフィン遺伝子の異常によりアミノ酸が正しく作られないために筋肉の細胞膜に存在するジストロフィンが発現しないなど、いくつかの病型がある。

 今年9月に、この病気の画期的な治療薬「ビルトラルセン」が日米同時に承認申請された。新薬は原因遺伝子の異常部位をワザと無視する「エクソンスキップ技術」を用いたものだ。患者のDNAと似た構造をしたアンチセンス核酸医薬によって「遺伝情報をダマして」、正常に近いタンパク質作りを実現する。

■新たな医療制度や法律が新薬開発に拍車をかけた

「難病が治らないのはその病気の研究が進まないからですが、背景に患者さんが少なく、『早く治すべき』との世論が形成されないことがあります。そのため公的な研究資金がつかず、研究が後回しにされたのです。患者数が少なければ研究は進みませんし、製薬企業が薬を作ろうとしても、高い開発費に見合った収益が確保できず、開発を断念せざるを得なかったのです」

 この状況を打破したのが「希少疾病(国内患者数5万人未満)用医薬品指定制度」だ。米国で始まった制度だが、創薬や医療機器開発で世界をリードしたい日本もほぼ同じ制度を創設した。承認審査上の優遇を受けられることで製薬会社は創薬に踏み切れるようになったというわけだ。

 2014年の「患者数が特に少ない(注・国内患者数1000人未満)希少疾病用医薬品指定制度」、翌年にリニューアルされた「難病対策法」がこの流れに拍車をかけている。

「『難病』指定される病気が急増しています。そう言うとまだまだ治らない病気があるのだなと感じるかもしれませんが、実は全く逆です。医学が急速に発達し、『人類の手に負える』病気が増えたことにより、指定する意味が出てきたと考えるほうが正しいでしょう。今後はファブリー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難病の新薬が、続々登場する見込みです。世界的に急速に完成しつつある遺伝子治療技術を日本でも国家的な支援をしていく体制を敷くことで、人類の懸案だった難病克服の一翼を日本も担える可能性が出てくると思われます」

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