がんと向き合い生きていく

オンライン診療だったら大変なことになっていたかもしれない

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 東北在住でリンゴ農園を経営されているSさん(59歳・男)は私の遠い親戚です。10日ほど前、胃がんの手術が終わって退院したとの電話がありました。

「ありがとうございます。うまぐいって良かったじゃ。病理の結果が出てから、再発予防の薬を1年間飲むことになるみたいだ」

 方言での報告を受けながら、「傷痕はどうか?」「痛みはないか?」などと私が尋ねていると、いきなり「親父と代わります」と言われました。

 え! いま電話で話していたのはSさんではなく息子さんだったの?

 私はびっくりです。

 代わったSさんにも「今のは息子さんだったの? 驚いた! Sさんとばかり思って話していたよ。お父さんと声も話し方もそっくりだね」と漏らしてしまいました。

 手術後の経過が良いこと、食後には右側臥位になること、げっぷのこと、便通のことなどを話しながら、私は「Sさんと息子さんは、田舎言葉も息のつき方まで同じだ。区別できないな」と思いました。

 新型コロナウイルスの流行で、パソコンの前でお互いの顔を映しながらの遠隔診療やオンライン診察のシステムが急激に進んだようです。しかしいまのところ、一般診療での採血、CT検査、内視鏡検査などでは、患者が自宅に居てのオンライン診療はできません。

 たしかに、オンラインで、お互いに顔を見ながらであれば、Sさんの電話のような間違いはありません。再診で、患者の経過が良く、特に変わりなかった場合は問題ないことが多いのですが、すべて対面診療にとって代わるようにはいきません。医師と患者の間で複雑な話をしにくい難点もあるようにも思います。

 一部にオンライン診療を採用している医師から聞いた話です。

 患者が画面の向こうから、「本当は先生に相談したいと思っていることがあるのですが、病気そのものの話ではないので、不要不急のことですから遠慮します」と言われたそうです。その患者は、新しい事業を立ち上げることについて相談したかったようですが、「こんな相談は、コロナが流行しているこんな時期に、しかもオンラインでは医師に話すべきではない」と考えたようでした。

 もちろん、電話だけよりもオンラインの画面があった方がより良いのは明らかですが、患者は「不要不急」の相談は避けるでしょう。また、医師も画面からでは患者の病状・状況をしっかりとはつかめないと思うのです。

■対面診察で「何かある」と感じて…

 最近、外来での対面診療でこんなことがありました。

 Bさんは76歳の女性で、高血圧、高脂血症などがあり、さらにがんを心配されて通院中でした。この日はまったく症状がないようでしたが、血液検査ではCRP(主に炎症、感染症で値が上昇する)の値が「6・0」(正常値は0~0・3)と上昇していました。

 それでも、本人は「発熱も咳も何もない。元気です」と言われます。血圧、白血球数も正常、胸部X線の画像も特に以前と変わりません。しかし、私は診察しながら「何かある」と感じていました。

 そこで「来週も来てください。採血して検査します」と伝えると、Bさんは「えー、先生、大丈夫よ。元気なんだから」と答えました。

 1週間後に来院されたBさんは変わらず「元気です」と言われます。しかし私は、「CRP4・0で値は前回よりは下がっていて、他の検査値では異常はないのですが、何か病気が隠れているように思います。週1回の外来診察では見逃す可能性があります」と、総合病院を紹介しました。

 それから3カ月たってBさんがとてもニコニコして来院されました。紹介した総合病院で精査したところ胸部大動脈瘤解離が見つかり、循環器専門病院に入院して手術を受け、そして元気で戻ってこられたのです。

 もし、オンライン診療だったら大変なことになっていました。対面診療の大切さを思い知ったのです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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