上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

コロナ禍で「たこつぼ心筋症」にご用心 強いストレスで発症

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 感染者が減ってきているとはいえ、まだまだ新型コロナウイルスに対する感染対策を怠るわけにはいきません。首都圏の緊急事態宣言も延長される方向で、まだしばらくは不自由な生活が続きそうです。

 そうした状況下で注意しなければならない病気があります。「たこつぼ心筋症」と呼ばれる心臓疾患です。たこつぼ心筋症は、急激な感情の変化による過度なストレスなどが誘因となって起こるといわれます。最も重要なポンプ機能を担う左心室の先端3分の2程度が無収縮または一部異常な収縮を来し、突然の胸痛や呼吸困難が表れます。心臓の根元だけが収縮して先端部が膨らむ形がたこつぼに似ているため、そう呼ばれています。無収縮や本来とは逆の収縮を示す心臓の先端部分の血流がよどんで血液が固まり、心筋梗塞や脳梗塞につながる危険もあります。

 激しい胸痛など心筋梗塞に似た症状を急激に発症するため、心筋梗塞の疑いで救急搬送されるケースが多く、そのうちのおよそ2%が、たこつぼ心筋症だというデータもあります。また、女性に多く見られることもわかっていて、女性の発症率は男性の6.3倍といわれています。

 なぜ、強いストレスがきっかけで心臓の先端だけが動かなくなるのか、はっきりしたことはわかっていません。ただ、災害に見舞われた被災地で中高年女性を中心に発症したケースが多く報告されています。心臓の収縮も自律神経の支配を受けているので、個体によっては血管に対する自律神経支配が過度になると、心臓にまで及んで異常収縮に至るのかもしれません。

 コロナ禍の出口が一向に見えてこない状況で、外出自粛やテレワークの増加による運動不足、日々の不安や恐怖といった強いストレスを受ける生活が続いています。ほとんどの人がこれまでとはまったく違った異常な環境下で暮らしているわけですから、たこつぼ心筋症が増加する条件が整っているといえるでしょう。

 実際に米国では、新型コロナ感染症の流行下でストレス性心筋症=たこつぼ型心筋症の発症率が増加したというコホート研究の結果が報告されています。流行前は1.5~1.8%だった発症率が、流行期では7.8%に増えていたといいます。また、流行前のたこつぼ心筋症の患者さんは、入院期間の中央値が4~5日だったのに対し、流行期は8日と長くなっています。死亡率と再入院率は有意な差がありませんでしたが、コロナ禍では、たこつぼ心筋症の患者さんが増えるのはたしかなようです。

■多くは自然に回復するが…

 たこつぼ心筋症には、疾患そのものに対する特定の治療法はありません。2~3週間ほど安静にしているだけで、ほとんどが自然に回復します。ただ、心臓のポンプ機能が低下するため、経過観察中に心不全や致死性の不整脈を合併するケースもありますから、安心はできません。

 それらの症状が出た場合は、対症療法として心不全や不整脈に対する薬物療法が行われます。そのうち6~7割の患者さんが通常の状態に戻り、3~4割は若干の後遺症が残るといわれます。手術などの外科的な治療はほとんど実施されませんが、まれにたこつぼ心筋症の合併症として心破裂が起こった場合などは、もちろん外科的な治療が必要です。

 また、厳密にいえばたこつぼ心筋症ではないのですが、それに近い“たこつぼライク”という状態の患者さんも見られます。たこつぼ心筋症は心電図検査では強い変化が見られますが、カテーテル検査をしてみると冠動脈は詰まっておらず、狭くなっている部分が見当たりません。一方、たこつぼライクでは、心臓の左心室が瘤になって高度な心不全を来すケースがあり、血行再建の治療が必要になる場合もあります。

 これまでとはまったく違ってしまったコロナ禍の生活では、ストレスだけでなく、いままではきちんとコントロールできていた血圧などの生活習慣病の管理がおろそかになっているケースが少なくありません。まだ表面化していなかった心臓や血管のトラブルが、長引くコロナ禍によって急に表に出てくる人もいます。

 いずれにせよ、これまで感じたことがないような胸の痛み、胸への強い圧迫感、それに続く息切れや呼吸困難といった症状を自覚したら、早い段階で医療機関に相談することをおすすめします。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事