2021年7月、母親のお腹の中にいる赤ちゃんの心臓手術が国内で初めて行われ、無事に成功したことが同12月に発表されました。
臨床試験としてこの手術を実施した国立成育医療研究センターによると、赤ちゃんは重症の「大動脈弁狭窄症」で全身に血液を送り出しづらい状態だったため、生まれた直後から心不全を起こして命の危険があったといいます。そのため、母親の胎内にいるうちに治療を行う必要があり、妊娠25週だった母親の腹部から細いカテーテルを通し、赤ちゃんの心臓まで到達させ、大動脈弁が狭くなっているところでバルーンを広げる外科治療が実施されたのです。
大動脈弁が広がったことで通常に近い形で心臓の発育が促され、赤ちゃんは無事に生まれて経過も良好だといいます。同センターは臨床試験として今後も同様の外科治療の実施を目標にしていて、安全性と有効性の高い治療法の確立を目指しているとのことです。
今回のような心臓治療は初めてのケースですが、生まれる前の赤ちゃんに対して実施される胎児治療は、いくつかの病気で行われています。生まれた後に治療を行っても救命がきわめて難しい病気が対象です。
たとえば、先天性横隔膜ヘルニアに対する胎児手術が該当します。生まれつき横隔膜に欠損孔と呼ばれる穴が開いていて、本来はお腹の中にある胃、腸、肝臓、膵臓、腎臓などの腹部臓器が胸の中に飛び出してしまう病気です。穴が大きく、胎児期にそうした臓器の脱出が起こると肺の発育形成不全を来し、死産や出生直後の死亡リスクが高くなります。そこで、母親の胎内にいるうちに手術を行い、肺がきちんと成長できるように促すのです。
■出生後の手術はハイリスク
心臓の胎児手術でも同じですが、胎内の赤ちゃんは母親との間で「交差循環」のような状態になっています。交差循環(法)というのは、たとえば心臓を止めて子供の手術を行う際、子供の動脈・静脈と、母親(または父親)の動脈・静脈を管でつないで血液を循環させる方法です。
このような交差循環の状態であれば、赤ちゃんの肺や心臓の機能にトラブルがあっても、母親側の臓器の働きによって肺や心臓の循環が、ある程度は維持されます。いわば母親が人工心肺装置になっているわけですが、治療中の母体への負担についても厳重な管理が必要なことは言うまでもありません。こうした状況であれば、母体の呼吸循環に対する厳重な管理を行った上で合併症予防にも配慮しつつ、胎児への外科治療が可能になるわけです。
胎児手術が行われず、肺や心臓などの臓器が発育不全の状態で生まれた赤ちゃんは、NICUと呼ばれる新生児のための集中治療室に入ります。心電図、呼吸、血圧、血液酸素飽和度などを24時間モニターしながら対応が行われますが、赤ちゃんにとっては、胎内とはまったく異なる環境にさらされることになります。
また、自力で呼吸をしなければならないのに、肺の発育が不十分だと、二酸化炭素と酸素のガス交換ができません。そうなると、肺はもちろん、心臓や腎臓が深刻なダメージを受けてしまいます。そうした状況で手術をすればきわめてリスクが高くなるため、母親のサポートがある状態での胎児手術が発展してきたのです。
とはいえ、胎児手術には医師にも機材にも高い技術が求められます。赤ちゃんはお腹の中で動くので、手術の際にはきちんと麻酔をかけ、心臓手術では小さく狭い範囲の患部にピンポイントで針を刺さなければなりません。少しでもずれてしまうと、血管や心筋を傷つけて心停止する危険もあるのです。
そのためには高精度の映像診断機器が欠かせません。赤ちゃんに対しては放射線が使用できないので、精密な画像が得られる超音波(エコー)やMRI、4Kや8Kクラスの内視鏡システムなどを手術室の中で使える設備が必要です。
今回の大動脈弁狭窄症に対する胎児手術は、そうしたいくつもの高いハードルをクリアして大きな成果をあげたケースといえます。順調に症例数が増え、安全性と有効性が確認されれば、これまで治療の手だてがなかったような赤ちゃんの先天性の心臓病に対する光明になるのは間違いありません。
赤ちゃんにとっても親にとっても福音になるよう、今後のさらなる進歩に期待しています。