上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

新型コロナの後遺症で心臓血管疾患のリスクが大きく上がる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスの新規感染者は減少傾向にありますが、まだまだ気は抜けません。一部の地域では第6波のピークを上回っていますし、大型連休を迎えるなど人流が増えることで、感染のリバウンドも予想されます。

 現在、感染の中心になっているオミクロン株や、その変異株であるBA.2は感染しても多くは重症化することなく風邪程度の軽症で済むといわれ、軽視している人も少なくありません。しかし、甘く考えていると心臓に深刻な事態を招く危険があります。今年2月、米国の生物医学雑誌「ネイチャーメディシン」に、新型コロナ感染によって心臓や血管の後遺症リスクが高まる可能性を指摘する論文が掲載されたのです。

 米ワシントン大の研究者グループが退役軍人省のデータを基に調査した研究で、退役軍人病院で一昨年3月から昨年1月の間に新型コロナに感染し、30日以上を生存した15万3760人のデータを対象に、発症後1年間の後遺症について過去のデータと比較したところ、新型コロナに感染した人は、重症・軽症にかかわらず発症後1年間に20種類に及ぶ心臓や血管の疾患の発症リスクが高くなっていました。不整脈、心筋炎、心筋梗塞などの心臓疾患、血栓塞栓症などの血管疾患、脳梗塞などの脳血管疾患のリスクがアップし、心不全が72%、心臓発作が63%、脳卒中は52%も高くなったといいます。

 新型コロナの感染が世界的に広がり始めた当初から、新型コロナは血管に炎症を起こし、血栓ができやすくなるという指摘が多くありました。ウイルスが細胞へ侵入する際に利用するスパイクタンパク質がいくつものサイトカインを放出し、血管や臓器に炎症を引き起こすといわれています。

 つまり、新型コロナに感染すると、感染症そのものが治まったとしても、その後に「血管の炎症からの血栓症」がついて回る可能性が高いということです。そのため、動脈硬化、高血圧、脂質異常症、不整脈といった心臓や血管に関係する基礎疾患がある人は、新型コロナへの感染をきっかけに、普段は隠れている基礎疾患が顕在化し、深刻な心臓血管疾患を発症するリスクが高くなるのです。これは、動脈硬化や高血圧といった生活習慣病の“素養”があるものの、症状が表に出ていないため自分では気づいていない人も同様といえます。

■血管のダメージを少なくする生活を

 先ほどお話しした研究の舞台になった米国の退役軍人病院は、そうした生活習慣病を抱えている患者さんが多いことで知られています。同病院は兵役を終えた人たちのための医療機関で、医療費はすべて国の負担です。そうした背景もあって、患者層は除隊後に職を失ってホームレスになっている人や、健康状態が良好でない人も少なくありません。

 もともと米国の兵士たちは、いつ戦場に行くかわからないという状況下に置かれていることから、食事をはじめ、お酒やたばこなどの嗜好品も厳しく管理されていない傾向があります。そのため、生活習慣病を抱えている人がたくさんいて、退役軍人病院の患者は動脈硬化疾患やがんなどの病気が多いといわれています。ですから、新型コロナ感染後に、心臓や血管の疾患の発症リスクが高くなったのも十分にうなずけるデータといえますし、あらためて新型コロナ感染は血管にダメージを与えることがはっきりしたといえるでしょう。

 現在、新型コロナウイルス感染症そのものの治療については、有効な薬の登場などによってかなり確立されてきています。しかし、感染によって心臓や血管の深刻な病気を起こしてしまえば、元も子もありません。まずは、何より感染しないことが重要なので、感染しても軽症だからと甘く考えることなく、しっかりした対策を続けることが大前提です。

 そのうえで、万が一、感染してしまった場合に備え、日頃から血管にダメージを与えるような生活習慣の改善を心がけましょう。脂っこいものが中心の食生活、運動不足、喫煙などの習慣を見直して、少しでも血管の疾患リスクを下げておくことが大切です。また、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満といった生活習慣病がある人は、きちんと治療を継続する。さらに、もし感染してしまったら、自分が抱える生活習慣病への対応や血栓症の予防・対策の実績が高く、循環器疾患の管理をしっかり行える医療機関で診てもらうことも重要になります。

 命を守るためにも、あらためて「新型コロナに感染すると心臓や血管の疾患リスクが上がる」と意識しておきましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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