医療だけでは幸せになれない

コロナと「EBM=根拠に基づく医療」の実践 高血圧の治療がきっかけ

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 判断や行動より考えることを重視することは、私自身が常々考えてきたことだが、そのきっかけとなったのは、根拠に基づく医療「Evidence-Based Medicine:EBM」を実践する中で、論文を読んで勉強すればするほど、判断が困難になる、どうしていいか迷うようになるという壁に突き当たったことだ。

 高血圧の患者を前にして、降圧薬を出すか出さないか、それに正解はない。その時々で適当にやるほかない。適当にするので、それでよかったのかと振り返らざるを得ない。判断が重要というのはその場のことに過ぎなくて、過ぎてしまえばさして重要ではない。重要なのはむしろ次にどうするかである。そこでまた勉強を続けるわけだが、それで結論が得られるわけではない。次にどうするかといっても、次も似たように適当にするほかない。

 30年以上にわたってそんなことを続けてきたが、そこで明確になったのは、いくら勉強したところで正解を求めることはできない。できるのは勉強し続けることであり、それをもとに考え続けることだけだ。実際の対応はいつも適当で構わない。ただそこで患者との相談は重要で、相談できれば、どういう判断をするかは問題ではない。判断はいつも暫定的なもので、患者自身もまた考え続けることで、判断や行動をいつでも変えることができる。そういう自由が重要ということであった。

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名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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